シンガポールの工学企業であるSTエンジニアリングが、水上を極低空で飛行する機体「AirFish(エアフィッシュ)」を開発している。低空飛行による「水面効果」を生かし、ボートの3倍高速、かつ飛行機の2.3倍効率的な飛行が可能だという。沿岸部の人の移動や物資の輸送を円滑化すべく、2025年のサービス開始を見込む。
テスト中のAirFish 8は、近未来的かつ機動力あるデザインで水上移動の常識を塗り替える。前方に突き出したV字のデルタ翼、せり上がった翼端、後部に配置された2発のプロペラ、そして着水可能なカーブした胴体下部など、独特のデザインが目を引く。
サイズは小型のレジャーボートほどで、全面ホワイトの塗装が海原で存在感を示す。豪テックサイトのニュー・アトラスは、「スター・ウォーズに出てきそうなデザイン」だと表現している。
Airfish 8は水面に浮かんだ状態で桟橋を発ち、離陸速度に達した段階で空中に浮上。飛行機のように高度を上げることはなく、水面から0.6〜7mの範囲に留まる。水面効果を受け、移動速度は最大90ノット(時速約167km)に達する。
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既存の桟橋で対応可能、新インフラ不要の強み
燃料はレギュラーガソリンを使用し、500馬力の自動車用V8エンジンを駆動する。発着は既存の船舶用の桟橋があれば対応可能で、専用のインフラ不要という柔軟さが強みだ。乗員2名、乗客8名までを運ぶほか、貨物輸送用の構成とした場合は最大1トンまでの貨物を輸送する。
これまで沿岸部や離島への移動は、フェリーなど限られた交通手段に依存してきた。しかし、ゆっくりとした連絡船やフェリーでの移動は旅情を誘う一方、大きな揺れや長い移動時間などの課題があった。
開発元のSTエンジニアリングは、AirFishの解説動画をYouTubeで公開。移動に費やす時間を最大3分の1に削減することで、有意義な時間の使い方が可能になると強調している。動画は「地球の71%は海に覆われています」と述べ、導入可能地域の広さをアピール。海に近い地域で観光や移動手段に活用するほか、物資の輸送などを想定しているという。
STエンジニアリング傘下、STエンジニアリングAirXのエリック・シューマン氏は、「水面よりも上を飛ぶため波に一切接触することがなく、ほかの高速船とは異なり、乗客が揺れを感じることはありません」と長所を強調する。波の衝撃を直接受けないため、従来の移動手段よりも安全だともシューマン氏は述べる。
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気流の乱れを抑制する水面効果
AirFishのように水面効果に特化した航空機は一般に、「地面効果翼機(WIG:Wing-in-ground機)」と呼ばれる。水面効果や地面効果とは、水面・地面付近を飛ぶことにより、通常の飛行よりも少ないエネルギーで同距離を移動できる効果を指す。
秘密は気流の乱れの抑制にある。飛行機の翼は独特のカーブにより、翼の上下に意図的な気圧差を生んでいる。翼の下側に比べ、上側の気圧が小さくなることで揚力が生じ、機体は上昇する。ところが、翼端を流れる空気により、翼端渦と呼ばれる気流の乱れが生まれる。これにより抗力が生じ、せっかく生じた揚力の一部を打ち消してしまう。
一方、機体が地面あるいは水面付近を飛行する場合、その発生を一定程度抑制できる。主翼の翼幅の半分、あるいはそれ以下の高度を飛ぶことで、翼端渦の一部が地面に遮られる。結果、翼上面への乱気流の回り込みが軽減され、より効率的な飛行が可能になる。この効果を水面効果・地面効果と呼ぶ。
自然界の一部の動物は、この複雑なメカニズムを生まれながらにして習得している。アホウドリなど一部の海鳥やトビウオは水面効果をうまく活用し、羽ばたくことなく長距離を滑空する。
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商業的な成功なるか
水面効果・地面効果を生かした機体は、これまでにも提唱されてきた。しかし、ニュー・アトラスは、「AirFish 8のような地上効果機は何十年も前から存在しているが、商業的な成功を収めるには至っていない」と指摘する。
一方でAirFish 8は、実用化への道筋を着実に付けつつある。シンガポール日刊紙のストレーツ・タイムズによると、公共交通や個人利用のほか、沿岸警備や軍事用途なども想定されているという。
STエンジニアリングは、シンガポールのスタートアップ企業・ペルーカ社とのジョイントベンチャーとして、STエンジニアリング AirXを立ち上げた。AirX社は、トルコ・イスタンブールで都市部向けモビリティ事業を展開するユーラシア・モビリティ・ソリューションズ社とすでに意向表明書(LOI)を締結。トルコ周辺の観光や自家輸送用途として、2025年から最大10機を納入する予定だ。
ストレーツ・タイムズは、AirFishの海上飛行テストが今後、定期的に実施されると報じている。シンガポール海事港湾庁の承認のもと、2024年第3四半期から月2回、シンガポールのチャンギ沖で実施される予定となっている。新たな移動手段の実現に向け、着々と準備が整いつつある。
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