2024年4月、北海道長沼町にSHIROのバケーションハウスが誕生した。建築のセオリーを覆す“森の都合”に合わせる家づくりとは、いかなるものなのか。立役者である3人に訊いた。
新千歳空港から北へクルマを走らせること約30分。のどかな風景が広がる長沼町の田園地帯を抜けていくと、牧草地や森がなだらかに続く馬追(マオイ)の丘にさしかかる。石狩平野を西に見下ろす丘の中腹あたり、別荘地の林道を少し奥へと分け入った先に、トドマツやエゾマツといった針葉樹の木立を背景にして、「MAISON SHIRO(メゾンシロ)」が姿を現す。
自然が育む素材の力を最大限に引き出し、エシカルな信念に基づくものづくりを続けるコスメティックブランド、SHIRO(シロ)。北海道砂川市で創業し、今年ブランド設立15周年を迎えるシロが、国内外から北の大地を訪れるファンに〝シロの暮らし〟を体感してほしいと始めたのが、この一棟貸しの宿泊施設である。
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業界の基準ではなく、生産者ありきでつくる建築
メゾンシロの建設にあたり、シロ会長の今井浩恵、プロジェクトマネージャーの高山 泉、建築デザイナーの小倉寛之を中心とする設計チームはまず、森を熟知した木こりとともに、林業の現場へ足を踏み入れたという。「シロのものづくりは必ず、生産者に会いに行くことから始まります」と、今井は語る。たとえば、シロを代表する「がごめ昆布」のスキンケアは、固くて食用には適さず流通されない昆布の根の部分を、漁師さんのもとを直接訪ねて分けてもらったのが開発のきっかけだ。
「でも、建築の世界はそうではなかった」と、今井は振り返る。昨年、砂川市にオープンしたシロの新工場とその付帯施設である「みんなの工場」では、業界の仕組みに対するジレンマを、設計の段階から幾度も感じたという。
「机上に図面を並べてすべての物事が決まっていくのが慣例で、実際に木を切る人や、扉をつくる人に会う場面がほとんどない。私たちにとって、素材のつくり手の顔が見えないってすごく怖いし、どこか間違っている気がして。地元の森に生えているこの木が寿命を迎えるから、あるいは森のために間伐や皆伐が必要だから、じゃあ切った木をいただいて住宅や家具にしましょう。そんなふうに、なにかに置き換えていくのがあるべき姿なのでは? と思ったのです」
それは、ゼネコンや工務店に図面を渡し、その通りに建ててもらう従来の施工とは真逆のアプローチ。建築畑の高山と小倉も最初は戸惑ったが、「シロのものづくりを建築でもやりたい」という今井の思いに賛同した。高山は語る。
「外壁に北海道の木を張る場合、普通なら、ここに地元の木材を使いたいからよろしくと、サンプルを見て工務店に頼みます。だけど今井さんは、既に板になったものを買うのではなく、実際に山で木を切っている人を連れてきたよ、と。木こりといっしょに森に入って調査し、どのように切って運んで製材するのか、自分たちで模索して見届けるんです。志ある林業家は、森が将来的によくなるよう間伐などの手入れをしますが、そうした木材をいただくので、細かったり割れていたり、本来ならパルプ工場へ行くような品質のものもある。それらをいかに余すところなく、適材適所で使い切れるかを試行錯誤する日々でした」
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引き算の美学で試された、間伐材の新しい使い方
木材の取れ高も姿かたちも、すべて自然の赴くまま。そんな〝森の都合〟を最優先して設計に落とし込むのが、「素材を循環させ、使い続けられる空間」をテーマにシロの店舗デザインも手掛けてきた小倉である。昨年リニューアルした大阪・梅田の「シロ ルクア イーレ店」では、古い床材を張り替えずに特殊なペイントで表情を一新し、シロの製品ボトルをリサイクルした什器を開発するなど、〝捨てない〟デザインを実践した。
「未来の環境を考えて森の都合に合わせる建て方と、シロを好きな人たちがここに来たい、暮らしたいと思えるような世界観。その両軸でバランスを取りながら、いかに引き算をして着地させるかに取り組んだ」と、小倉は話す。森の一軒家というと、太く立派な丸太を贅沢に使った構造を見せるログハウスのイメージが強いが、メゾンシロに使うのは、おもに森を育てるために切られた間伐材。既存のログハウスにはない、これからの時代の木の使い方をデザインで示すことが大切だった。
「木造住宅は本来、柱や筋交い、方杖などがもっと多く出ますが、限られた木をありのままに使うメゾンシロでは、構造家と何度も話し合い、細い木材を合わせ梁にしてロングスパンを実現しました。光と風が抜ける開放的な大空間を担保しながら、構造美はもちろん、自然な木の裂け目や欠損も特徴として隠さずに見せています」
端材も余すことなく磨き、建具や小物へと加工
丸太の中心部を梁や柱とし、周辺から細い材を切り取る。外側は耳を付けたまま外壁に張り、最後に余った木片を扉の取っ手や家具の一部へ加工する。「不揃いな間伐材は個性的で、一本一本に名前を付けたいくらい愛着が湧いた」と高山。「森に生えている現場から関わった建築は手間もコストもかかりますが、自然のサイクルでつながっていて気持ちがいい」と、小倉も言う。シロの根幹を成す、生産者目線で素材を活かすシンプルなものづくり。ドアレバーや手すりの一つひとつに森を守る木こりの顔が見えるからこそ、ここにはシロの暮らしがある。
「森の都合から始まる建築の方向性を社会にもっと広めたいし、そのためには、みんなにいいなと思ってもらえる居心地のよいデザイン性が必要。メゾンシロを通じてそのやり方が伝わって、ひいては後継者不足の製材所、志のある木こりや大工職人がきちんと食べていける世の中になるといい」と、高山は言う。
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大自然の中で感じる、豊かで特別な日常
西側に大きく取った開口部から石狩平野の彼方に沈む夕日を望み、東の天窓から差し込む朝日で宿泊者は目を覚ますだろう。残雪の春は森の湿った土を踏みしめ、夏は庭のブルーベリーやハスカップを摘んで食卓へ。秋は丘を彩る紅葉が待ち遠しく、冬は真っ白な雪原と澄み渡る星空にぽつんと包まれてみたい。
リビングの隣、ガラス越しに見えるのは、定期的にシロ製品の試作が行われる蒸留室「シロラボラトリー」。森に自生する笹やヨモギなどの植物を馬追の湧き水で蒸留し、その蒸留水をプライベートサウナのロウリュとして循環させるという。カラマツとシラカバ、札幌軟石で仕上げたサウナは本場フィンランドのストーブを採用し、庭に面した水風呂と外気浴スペースはこの上なく心地よい。バスルームにはもちろん、シロのスキンケアアイテムがずらりと揃う。
長い夜はなにをするでもなく、暖炉の前に陣取って、森で拾った薪が燃えるのをただ眺めながら酒を飲んだり、語り合ったり。
「シロの暮らしとものづくりからなにかを感じて、日常に持ち帰ってもらえたらうれしい」と、今井は言う。「ここで過ごす一日のほんの一瞬、クリエイティブの神様が降りてきて閃いたり、あるいは森のふきのとうみたいに、身近のささいな自然を活かすことが素敵だと思えたり。そうした気づきの場になるといいなと思います」
森のメゾンは4月26日(金)にオープンし、いよいよ雪解けの春を迎える。
MAISON SHIRO
●北海道夕張郡長沼町加賀団体
大人2名¥130,000から。大人4名まで宿泊可。朝食セット1名につき¥1,500。夕食プランはないが調理器具と調味料を完備する。