IWC「ポルトギーゼ」の"シンプルな美しさ"の魅力を、プロダクトデザイナー・北川大輔が紐解く

  • 写真:齋藤誠一
  • 文:篠田哲生
Share:
北川大輔●1982年、滋賀県生まれ。2005年に金沢美術工芸大学を卒業。家電メーカーを経て、15年に自身の会社DESIGN FOR INDUSTRYを設立。家具や日用品、伝統工芸、家電など多彩な領域で、デザインやクリエイティブディレクションを行う。GOOD DESIGN AWARD、Red Dot Design Award、iF DESIGN AWARDなど受賞多数。GOOD DESIGN AWARD審査委員もつとめる。

スイス・シャフハウゼンの地で1868年に創業したIWC。高品質なポケットウォッチや腕時計が市場で評価を得る中で、ポルトガル航海士の末裔から「マリンクロノメーター級の高精度ウォッチ」という発注を受けたIWCは、航海時の甲板観測用懐中時計に搭載した高精度ムーブメントを使って腕時計を製造。それが1939年に発表された、最初の「ポルトギーゼ」だ。

それから85年の時を経た現在までそのスタイルは継承され、IWCの根幹モデルとして愛され続けている。そんな「ポルトギーゼ」の魅力を、家具や工芸品、掛け時計など幅広く手掛けるプロダクトデザイナーの北川大輔さんに語ってもらった。

手仕事が生み出す、ある種の“揺らぎ”が美しいデザインとなる

20240301_IWC_studio0116trim.jpg
ポルトギーゼ・オートマティック 42 /大きな余白がもたらす美しいデザインに惹かれるという北川さん。その絶妙な質感と色調も、ダイヤルの魅力を引き出す大きな特徴となっている。自動巻き、SSケース、ケース径42.4mm、パワーリザーブ約7日間、シースルーバック、アリゲーターストラップ、3気圧防水。¥1,870,000

家系には製造業に従事する人が多く、幼い頃からものづくりが身近にあったという北川大輔さんは、大企業のインハウスデザイナーを経て、現在はさまざまなパートナーと協業するプロダクトデザイナーとして活動する。

「プロダクトデザイナーの仕事はひとりで完結できるものではありません。実際の生産現場の方々やそれをデリバリーしてくれる人、さらには販売してくれる人がいて、初めて製品がユーザーの手に届くのです。また、ものづくりの現場の人たちのスキルやノウハウがあって初めて、自分の仕事は完遂できます。ユーザーや社会のために、いいものを届けたいというのはもちろんですが、そうした一緒に動いてくれる人たちに喜びを還元したい気持ちも強いです。1日の1/3は働いているのだから、その時間を価値あるものと考え、日々のデザインに取り組んでいます」

Frond+Desk+Chair_01.jpeg
北川さんがデザインを手がけ、コロナ禍によって生活の場に仕事が入り込むという特殊な状況下で生まれた椅子「フロンド」。背もたれは直線的なシルエットだがシェルはやわらかにカーブし、身体を優しく支える。どこに置いても馴染むワークデスクだ。Photograph : Dims.

main-6.png
main-1_c54d7bc6-59f3-46c7-91ee-f41c6d9041b9.jpg
左:北海道の伝統工芸品である木彫りのクマを美しいフォルムで表現した「ピリカモンライケ/KUMA(透き漆)/大」。タモ材の美しい木目を生かすように透き漆をほどこし、シンプルながら目を楽しませるオブジェとなった。右:同シリーズの「トケイ」。旭川で精緻に加工された木製の本体に京都で施された工芸技法が融合し、深い魅力を持つ置き時計。木目をみせる透き漆の上に箔が押された文字盤には、蒔絵職人によるインデックスが記される。針には焼き付け漆と、さまざまな職人の手を介して生み出されている。Photograph : Masaki Ogawa

そんな北川さんが現在、力を入れているプロジェクトのひとつが「ピリカモンライケ」だ。これは木を活かすことを理念に北海道旭川で木製小物の製造をおこなっているササキ工芸が、日本有数の産地と協力して進めるプロジェクトでありブランド。その第一弾として協業した産地が「京都」で、京都の若林佛具製作所と連帯しながら北川さんが商品デザインを担当した。

「日本各地に地場産業があり、それぞれに誇りを持って仕事をしています。京都は歴史も文化も深いので、どのように“京都の工芸”を表現するのかを綿密にリサーチしました。今回はひとつのルールとして、色使いを赤と青と金とプラチナの4色に限定しています。提案当初、青い透き漆は無理だと言われましたが、相談をしていくなかで、職人の方々が度重なる検討の末に実現してくださいました。日本古来の伝統工芸から、いままでにないものが生み出されたことは大きな喜びになりました」

透き漆を塗る職人の手仕事には、機械とは違った“揺らぎ”があり、色の透け具合などコントロールしきれない不均一さがある。それこそが魅力でもあるのだ。

New2024_0325_pen iwc25404 0423.jpg
多くの試作を繰りかえしながら、理想のフォルムや色へとたどり着く。それはかけがえのない時間でもある。

「ポルトギーゼ」の詳細はこちら

---fadeinPager---

掛け時計のデザインから気づく、IWC「ポルトギーゼ」の繊細な魅力

北川さんが手掛けるピリカモンライケと同様に、IWCも異なるバックボーンが融合することで、深い魅力を持つようになった時計といえるだろう。IWCはアメリカの時計技師であったフロレンタイン・アリオスト・ジョーンズが、アメリカの先進的な時計製造技術とスイスの伝統的な手仕事、そしてシャフハウゼンの水力発電を組み合わせることで生まれた。その多様な価値観こそが、時計に深みを与えるのだ。

「きちんとコントロールしてつくる部分の中にも、高度な職人の手仕事がもたらす温度感というか、人の存在を感じられる点が高級機械式時計の魅力だと思います。人の手から生まれる“揺らぎ”は、コントロールできない分、いい意味で期待を超えてくれる。だからIWCの時計には、色気や上品さが宿るのでしょう。もちろん工業的なコントロールをされたものも好きですし、工作機械の加工精度は安定しています。しかし、最後は人の手によって、やっとデザインがプロダクトに“成る”のです」

2024_0325_pen iwc25320.jpg
北川さんとタカタレムノスによる新作の壁掛け時計「エッセント」。針の色とインデックスの色がリンクしているので、ルールさえ覚えてしまえば小さな子どもでも時間が読み取れるようになる。インデックスは箔押しとエンボス加工により、立体感のある表情に。

誕生から100年以上が経過した腕時計のデザインは、完全に成熟しきっているともいえる。その一方で携帯電話の普及によって実用品以上の価値を求められるようになった結果、時計という枠を超えた前衛的なモデルが生まれつつあるのも事実だ。しかしIWCでは、あくまでも実用品として視認性や精度にこだわり、その一方で上質で価値あるものをつくっている。

「ポルトギーゼのデザインの特徴のひとつが、アラビア数字のインデックスにあると思います。IWCのロゴもそうですが、一般的に書体には"セリフ"(小さな装飾)がついている方が上品に見えます。しかしポルトギーゼのアラビア数字インデックスは、セリフをもたないサンセリフの書体を使っている。そのインデックスとロゴの組み合わせが興味深いです」

Fluct_07.png
北川さんが手がけたタカタレムノスの端正な壁掛け時計「フラクト」は、インデックスと針の長さの関係を慎重にデザインし、針自体も存在感があるデザインに。消費電力が大きなスイープ運針のムーブメントを使用するのもこだわりだ。インデックスは鏡面仕上げで、周囲の風景が映り込ませる。Photograph: DESIGN FOR INDUSTRY

北川さんは腕時計のディテールにも精通する。それはタカタレムノスの掛け時計「フラクト」をデザインしたときに、さまざまな腕時計のデザインを研究したからだ。

「壁掛け時計は1万円を超えると“高価”とみなされることもある。しかし同じく時間を伝える腕時計は、宝飾品とみなされるほどの価値観がある。そこで、腕時計を研究することで壁掛け時計に対しても新しい価値観を創出できないかと考えました。リサーチを重ねた結果、針のデザインに大きな影響力があることがわかったのです。ポルトギーゼもこのリーフ針が特徴的ですよね。また、伝統的にダイヤルが大きいだけでなく、要素を外縁に配置することで、余白がたっぷりあることも上品さの秘訣でしょう。この余白を生かした贅沢なダイヤルに、リーフ針を合わせることでエレガントさや優しさが生まれる。これが直線的な針のデザインだったら、全然違う印象になるはずです」

2024_0325_pen iwc25370.jpg
ポルトギーゼ・クロノグラフ /大きなケースや細いべゼル、リーフ針など共通のデザインコードを持ちつつ、幅広いバリエーションを展開する「ポルトギーゼ」コレクション。こちらのクロノグラフは2024年の新作ではなく、定番として高い人気を誇る現行モデル。ケースサイドの立体的なデザインも、北川さんのお気に入りのディテール。自動巻き、SSケース、ケース径41mm、パワーリザーブ約46時間、シースルーバック、アリゲーターストラップ、3気圧防水 ¥1,177,000

「ポルトギーゼ」の詳細はこちら

---fadeinPager---

細部をアップデートした新しい「ポルトギーゼ」

20240301_IWC_studio5889trim.jpeg

シャフハウゼンの美しい午後の青空をイメージした「ホライゾンブルー」のダイヤル。サンレイ仕上げなので、美しい光の濃淡が現れる。サントーニ製のストラップにもグラデーション仕上げを施している。上: ポルトギーゼ・クロノグラフ /自動巻き、18KWGケース、ケース径41mm、パワーリザーブ約46時間、シースルーバック、カーフスキンストラップ、3気圧防水。¥2,816,000 下: ポルトギーゼ・オートマティック 40 /自動巻き、18KWGケース、ケース径40.4mm、パワーリザーブ約60時間、シースルーバック、カーフスキンストラップ、5気圧防水。¥2,750,000

現在のIWCには6つのコレクションがあり、それらを順繰りにリニューアルしている。今年は「ポルトギーゼ」がその主役だが、すでに完成したデザインであるため目立った大きな変更はなく、むしろディテールを向上させて完成度を高めている。

最大の変更点はダイヤルのカラーで、ホライズンブルー、デューン、オブシディアン、シルバームーンという4つのカラーコードは、刻々と変化していくシャフハウゼンの美しい空からインスピレーションを受けたもの。繊細な色合いはPVDやガルバニック技術で引き出し、その上から15層もの透明ラッカーを吹いて磨き上げ、美しい表現を引き出した。

さらにこの美しいダイヤルを際立たせるために、インデックスや針に使用する色は可能な限り減らした。これまでのモデルは、カレンダーやパワーリザーブ表示にポイントで赤を使うことが多かったが、新作はすべて近いトーンでまとめている。

20240301_IWC_studio0120trim.jpeg
ポルトギーゼ・オートマティック 42 /シンプルな色で美しさを際立たせる「シルバームーン」。ブルーの針に合わせてインデックスもブルーにまとめつつ、全体的な配色はあくまでもシンプル。自動巻き、SSケース、ケース径42.4mm、パワーリザーブ約7日間、シースルーバック、アリゲーターストラップ、5気圧防水。¥1,870,000
20240301_IWC_studio0123trim.jpeg
20240301_IWC_studio0124trim.jpeg
左: ポルトギーゼ・クロノグラフ /ダイヤル、インデックス、針を同系色でまとめた「デューン」。夕暮れ時の空と黄金色の太陽からインスピレーションを受けたもの。自動巻き、SSケース、ケース径41mm、パワーリザーブ約46時間、シースルーバック、アリゲーターストラップ、3気圧防水。¥1,177,000 右: ポルトギーゼ・オートマティック 42 /オブシディアンとは黒曜石という意味。深いブラックの色合いは深い闇夜と明るい輝く街の光をイメージしたものだ。自動巻き、18KRGケース、ケース径42.4mm、パワーリザーブ約7日間、シースルーバック、アリゲーターストラップ、5気圧防水。¥3,575,000

サファイアクリスタル製の風防は、ダブルボックスガラスを採用。やわらかなカーブを描くが、歪みを軽減させることでクリアな視界をつくりだした。その一方でケースを薄型化することで着用感を高め、さらにシースルーバックの窓も大型化してムーブメントがよく見えるようにしている。

「シンプルなデザインほど簡単に思われがちですが、実はシンプルであるほど逃げ場がなくて難しい。ポルトギーゼの始まりは高精度な腕時計であり、その目的を端的に追求した結果、こういうキャラクターになった。だからポルトギーゼのデザインには無理がなく、心地よいのでしょう」と、北川さんは評価する。

機能から生まれたデザインだが、そこには贅沢さと美しさが同居する。それこそがポルトギーゼの揺るがぬ魅力なのだ。 

「ポルトギーゼ」の詳細はこちら

 

IWC 

TEL:0120-05-1868
www.iwc.com