東京バレエ団が4月下旬、東京文化会館で『白鳥の湖』の公演を行う。同カンパニーの看板ともいえる「ブルメイステル版」の『白鳥の湖』は、芸術監督・斎藤友佳理が8年かけて育んできた必見の作品だ。
4月下旬、東京バレエ団が『白鳥の湖』の東京公演を行う。この演目は、世界中のバレエ団にとって極めて重要な存在だ。作品の抜群の知名度によって「はじめてのバレエ」として観客層を広げることもできれば、目の肥えたバレエファンに、他のカンパニーとは異なる魅力を訴えることもできる。
そして東京バレエ団にとっては、それ以上の意味がある。1964年に創設された東京バレエ団は3年目の66年にモスクワ、レニングラードで公演を行った。その際にソビエト文化省より"チャイコフスキー記念"の名称を贈られている。チャイコフスキー最初のバレエ曲『白鳥の湖』が、「チャイコフスキー記念東京バレエ団」によって演じられる公演なのである。今回の公演はバレエ団創立60周年記念シリーズの一環なのだが、この演目の意味は特に深い。
そこに現在の芸術監督、斎藤友佳理のヒストリーが重なる。斎藤の就任は2015年8月のことだが、その直後から上演に向けて取り組みを始めたのが今回の演出版であるブルメイステル版『白鳥の湖』である。この作品に対する斎藤の思いは強く、16年の初演後も衣裳や装置の新制作を続け、18年に再演を果たしている。20年の公演はコロナ禍で中止となったが、22年にも公演が実施され、斎藤の構想の完成形とも評価された。
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その2022年の公演は、トッププリマであった上野水香がプリンシパル年齢制限を前に「東京バレエ団で踊る最後の『白鳥の湖』」でもあった。上野はその後バレエ団の「ゲストプリンシパル」として遇されているが、今回の公演には参加しない。つまりは今回の『白鳥の湖』は、ポスト上野時代の始まりを告げるものでもある。
特に注目したいのは、斎藤友佳理芸術監督が6年越しで一貫して追求してきた「ブルメイステル版」の理想形であることだ。19世紀の作品である『白鳥の湖』には数々の台本・演出・振付のバリエーションが存在し、その作者の名を冠して継承、あるいは淘汰されてきた。今日まで残っている演出版は多くが1889年の「プティパ=イワーノフ版」を基礎としたものが多いが、それでも多彩なバージョンを並べる。日本のカンパニーでは新国立劇場バレエ団がピーター・ライト版を、牧阿佐美バレヱ団が(テリー・ウェストモーランド演出・改訂振付に基づく)三谷恭三の作品を、松山バレエ団は清水哲太郎の作品を「新『白鳥の湖』」としてレパートリーに挙げている。それぞれが踊りの違いを持つだけでなく、解釈の差異があり、結末も異なるものだ。
斎藤友佳理が選択したブルメイステル版はそもそも1953年、モスクワ芸術劇場で初演されたものだ。クレジットには「改訂振付:ウラジーミル・ブルメイステル、(第2幕)レフ・イワーノフ/アレクサンドル・ゴールスキー」とあって多少わかりにくいが、イワーノフは前述のプティパの年下の共作者、ゴールスキーはボリショイ・バレエ団が1901年に初演した時の作者である。それを含めてブルメイステル版と呼ばれるものだが、その特徴と言えるのが、台本の大胆な解釈と演出のドラマティックさである。
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版は異なっても、おおよそ『白鳥の湖』のあらすじは根本で共通部分が多い。伴侶を得ることを求められているジークフリート王子が、悪魔により白鳥の姿に変えられたオデット姫と出会い、真の愛が人間に戻る道であると伝える彼女と恋に落ちて将来を約す。宮殿の舞踏会には各国の姫君が花嫁候補として訪れるが、そこに悪魔ロットバルトと娘のオディール(黒鳥)が現れ、彼女をオデットと見間違えた王子は婚約を交わしてしまう。失意のオデットのもとに、正気を取り戻した王子が駆けつけ、永遠の愛を誓う。
ここまで同じでありながらも「なぜ王子はそれほど結婚することを急がされているのか」「どういう経緯でオデットは白鳥に変えられたのか」「なぜ王子は簡単に欺かれるのか」といった、物語の前提となる疑問はつきまとう。また結末はそれこそ千差万別で、ふたりの死や、死からの再生と昇天、または悪魔との戦いと勝利といった内容であったり、単純化されたハッピーエンドも過去には存在してきた。
一方で、ブルメイステル版の解釈の特色のひとつとして浮かび上がるのは、悪魔ロットバルトの知略の巧みさだ。件の宮殿での舞踏会では民族舞踊の「スペインの踊り」「ナポリの踊り」「チャルダッシュ」「マズルカ」が踊られるのが一種の約束事であり、見どころのひとつだ。多くの場合これらはディベルティスマン=余興のような位置付けなのだが、ブルメイステル版ではこれらの踊り手をすべて悪魔の手先とし、王子を幻惑する踊りに位置付けたのである。
結末もドラマティックである。多くの『白鳥の湖』では最後の演出がうやむやにされた気分で帰ることが少なくないだろうが、ブルメイステル版のエンディングは明快である。「ふたりはどうなったの?」と尋ねられることもないだろうし、悲しさで泣かれることもないだろう。
キャスティング上、この演目を得意とする不動のペア「沖香菜子・宮川新大」には、絶対の安心感がある。一方、いままでの東京バレエ団の『白鳥の湖』では欠かせなかった「上野水香・柄本弾」のペアはもう見ることはない。
上野の代わりに抜擢され、柄本と踊るのが榊優美枝である。榊は2018年には花嫁候補役を、22年には同役と、日を変えて1幕のアダージオ役、マズルカ役も踊っている。初めてのオデット・オディール二役をどう演じるのか、興味は尽きない。オディールの見せ場である32回転のグラン・フェッテは、プリマ・バレリーナの誰もが通ってきた関門だ。
また、中島映理子と生方隆之介のフレッシュな顔合わせも注目だ。中島は昨年6月に柄本の相手役として「ジゼル」のタイトルロールに選ばれ、オーストラリア公演もこなして成長著しい。バレエ団若手のホープである生方とのケミストリーに期待したい。
東京バレエ団『白鳥の湖』
公演日:4月26日〜29日
会場:東京文化会館
TEL:03-3791-8888
www.nbs.or.jp