現代の都市で発達した視覚芸術を指し、壁や建物、道路や橋などの公共の場所にアートを描くことを意味するアーバン・アート。一般的にあまり馴染みのない言葉かもしれないが、バス停や電話ボックスの広告の上に自ら改良したデザインをスプレーして活動をはじめたカウズや、アーティストの正体は不明ながらも、ステンシル・アートからドキュメンタリー映画の制作でも評価されるバンクシーなどはよく知られ、彼らの作品は世界中の人々を魅了している。また都市の風景を変え、人々の心を揺さぶるアーバン・アートは、社会の不公正や資本主義による格差がはらむ問題、また人種やジェンダーによる差別などさまざまなテーマを常に浮き彫りにしている。
森アーツセンターギャラリーで開催中のテレビ朝日開局65周年記念『MUCA(ムカ)展 ICONS of Urban Art 〜バンクシーからカウズまで〜』は、ドイツのミュンヘンにて2016年、同国初のアーバン・アートと現代アートに特化した美術館として開館したMUCA(ムカ)のコレクションを紹介。伝説的なグラフィティアーティストのバリー・マッギーをはじめ、アーバン・アートのジャンルを切り開いてきた10名の作家にスポットを当て、日本初公開の作品を含む60点以上が展示されている。MUCA創設者のクリスチャン&ステファニー・ウッツは、アーバン・アートを「20世紀と21世紀の最も重要な国際的芸術運動の一つ」と位置付けているが、これほどのスケールにて国内で鑑賞できる機会は決して多くない。
政治的、社会的なメッセージを訴えかけるアーバン・アート。強烈なインパクトを放つ作品のヴィジュアルに目を引かれがちだが、アーティストの手業が感じられるような細かな質感にも注目したい。ストリート・アートのゴッドファーザーと呼ばれるリチャード・ハンブルトンの「シャドウマン」のシリーズは、画面を震わすような荒々しい筆触が魅力だ。また『突撃』において絵具がカンヴァスへとほとばしり、抽象絵画を連想させるような平面を築いている。さらに、壁といった材料を削り取って作品に立体感を生み出すヴィルズは、木製ドアに点々と連なる細かな彫刻を施しながらポートレイトを巧みに浮き上がらせている。このほかコーヒー染めの技法や刺繍を取り入れたスウーンや、一見、平面の絵画かと思いきや、ルービックキューブを支持体に用いたインベーダーの作品も、近くで目を凝らすと意外な表情が開けてきて楽しい。
この3月にロンドン北部の住宅街にて、緑色のペンキを吹きかけた壁画が発見されたことでも話題を集めたバンクシーの作品が充実している。展示ではイギリスの荒廃したリゾート地にバンクシーが58名のアーティストとともに企画した「子どもにはふわさしくないファミリー向けテーマパーク『ディズマランド』の目玉作品『アリエル』を中心に、代表的彫刻作品『弾痕の胸像』や擬人化したネズミの『レーダー・ラット』などが並び、バンクシーの手がけた多様な創作を楽しむことができる。またオークション時にシュレッダーにかけるという自己破壊的な行為が世界に衝撃を与えた『風船のない少女』も特別に公開されている。大分を皮切りに京都へと巡回した本展も、ここ東京会場がいよいよ最後の開催地だ。MUCA(ムカ)からやって来たアーバン・アートの充実したコレクションを、森アーツセンターギャラリーにて見逃さないようにしたい。
テレビ朝日開局65周年記念『MUCA(ムカ)展 ICONS of Urban Art 〜バンクシーからカウズまで〜』
開催期間:開催中〜2024年6月2日(日)
開催場所:森アーツセンターギャラリー
https://www.mucaexhibition.jp/