連載「腕時計のDNA」Vol.5
各ブランドから日々発表される新作腕時計。この連載では、時計ジャーナリストの柴田充が注目の新作に加え、その系譜に連なる定番モデルや、一見無関係な通好みのモデルを3本紹介する。その3本を並べて見ることで、新作時計や時計ブランドのDNAが見えてくるはずだ。
ゼニスは1865年にスイスのル・ロックルで、ジョルジュ・ファーブル=ジャコによって創業された。ゼニスと聞いてまず思い浮かぶのが、ハイビートを誇る高性能クロノグラフムーブメントの「エル・プリメロ」だ。いまや同義のような両者だが、じつはゼニスという名も、1900年のパリ万博に出品した懐中時計用ムーブメントが金賞を受賞し、これが「ゼニス」と呼ばれていたことから正式社な名になったという経緯がある。それだけ、ムーブメントがブランドのDNAになっているということだろう。技術革新とともに常に進化を続けるゼニスの魅力を、3本の時計から紐解く。
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新作「クロノマスター オリジナル トリプルカレンダー」
歴史に名を刻む、自動巻きクロノグラフ「エル・プリメロ」
「エル・プリメロ」は1969年に誕生した。この年、自動巻きクロノグラフをホイヤー・ブライトリング・ハミルトンらの共同開発チームやセイコーが次々と発表し、ゼニスはわずか数カ月後塵を拝したものの、モジュールではない一体型設計に加え、10振動のハイビートを備えた「エル・プリメロ」は一躍高性能クロノグラフとして名声を博した。
しかし時計愛好家を強く惹きつける理由はそれだけではない。やがてクオーツ式が主流になり、製造は止められることになった。しかし、廃棄されかかった「エル・プリメロ」の製造機械や工具をひとりの時計師が密かに守り続け、そのおかげで10年近い時を経て復活を遂げたのだ。そんな逸話が「エル・プリメロ」をより一層輝かせる。
名作クロノグラフ伝説はまだ続く。じつは開発段階から拡張性を視野に入れ、トリプルカレンダーとムーンフェイズが検討されていたのである。70年代にはスペースエイジのデザインで発表。それから半世紀を経て今年、1/10秒を計測する最新クロノマスターにトリプルカレンダーが登場した。ベーシックな横配列のインダイヤル上に設けた小窓で月と曜日を表示し、ムーンフェイズは6時位置の60分積算ダイヤルに納める。引き締まった38mm径ケースに多機能を備えながら、繁雑さを感じさせない一本だ。
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定番「パイロット ビッグデイト フライバック ブルー」
いち早く参入した、パイロットウォッチの世界
パイロットウォッチは、過酷な使用環境にも耐える独自の機能とデザインから人気も高い。ゼニスがいち早くこの分野にリーチしたのも、その挑戦がさらなる技術開発につながると考えたからに違いない。まだ航空機の黎明期だった1888年にフランス語のPILOTE、1904年には英語のPILOTを商標登録。とくに航空界でのゼニスの名声に一役買ったのは、1909年に初の英仏海峡横断飛行を成し遂げたフランスの航空家ルイ・ブレリオだ。13年にはゼニスを愛用し、絶賛した記録も残る。
現代では航空計器はデジタルが主流になっている。それでもなおパイロットウォッチが支持されるのは、耐久性や視認性、操作性といったツールとしての完成度に加え、大空への憧れや限界に挑戦する精神を象徴するからにほかならない。
「パイロット ビックデイト フライバック」は、文字盤に名機ユンカースの機体を思わせる波形ストライプを施し、クロノグラフは手袋をつけた指先でも確実に操作できるフライバック式を採用する。特許取得のビッグデイトは、0.03秒で瞬転するとともに、空港のインフォメーションボードを想起させ、旅への憧憬をかきたてるのだ。
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通好み「デファイ エクストリーム カーボン」
ユニークなデザインとカーボンの軽量性が魅力の一本
クロノグラフムーブメントの最高峰としてあり続ける。そのことを改めて知らしめたのが、2017年に登場した「エル・プリメロ9004」だ。
これは、通常の時分計時を司る動力と10振動(5Hz)脱進機とは別に、クロノグラフ積算用の動力と制御する脱進機を備え、それぞれが独立して作動する。クロノグラフ秒針は1秒で一周する100振動(50Hz)の超高速を実現し、さらに通常のモジュール構造とは異なり、時計の精度には影響を与えない。まさに次世代を思わせる「エル・プリメロ21」と呼ばれる理由でもある。
「デファイ エクストリーム」はこの「エル・プリメロ9004」を搭載し、2021年に登場した。「デファイ」とは「エル・プリメロ」誕生の同年に発表されたコレクションで、八角形ケースと12面のベゼルを組み合わせたエッジの効いたデザインが特徴。これを継承し、シリーズ初のカーボンファイバー採用によって、軽量性をはじめ、コレクションが象徴する究極の耐久性や精緻な高性能をより際立たせている。タフネスなデザインの一方、インダイヤルにはアクセントカラーを施し、スタイリッシュな軽快感も魅力だ。
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「天頂」を目指し続けるゼニスの歴史
クロノグラフ前夜、1950年から54年の間、ゼニスはヌーシャテル観光局のクロノメーター賞を5年連続受賞し、これまで2330を超える受賞をしている。さらに半世紀以上に渡る「エル・プリメロ」の歴史を振り返れば、それが誕生当初から熟成と進化を運命づけられていたことがわかる。そこに貫かれているのは究極の精度追求であり、いわばゼニスそのものだ。天頂を意味するゼニスの名に、それを目指し続ける精神が息づくのである。
柴田 充(時計ジャーナリスト)
1962年、東京都生まれ。自動車メーカー広告制作会社でコピーライターを経て、フリーランスに。時計、ファッション、クルマ、デザインなどのジャンルを中心に、現在は広告制作や編集ほか、時計専門誌やメンズライフスタイル誌、デジタルマガジンなどで執筆中。
ゼニス
TEL:03-3575-5861
www.zenith-watches.com
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