傾いたイギリスのパブ、火災後も「傾いたまま再建せよ」…地元議会が命じる  

  • 文:青葉やまと
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Stephen Clarke-Shutterstock

建物全体が傾き、名所として愛されていたイギリスのパブ「クルックド・ハウス(曲がった家)」が、昨年夏に不審火で全焼。地元議会は今年2月末になって、以前のように“傾いたままの状態”で再建するよう、建物オーナーに命じた。

AP通信によると2月27日、サウス・スタッフォードシャー州議会は声明を発表。「所有者らと協議」したうえで、パブを2027年2月までに「火災前の状態に戻す」ことを命じたという。通知を受けた3名の所有者側には、異議申し立ての期間として30日の猶予が与えられる。

ロンドンから北西に約200km、ヒムリー村の付近にあるクルックド・ハウスは、全体が15度以上傾いて建つ。建物の左右では、床の高さに1.2mほど差があるユニークな造りだ。外観はレンガ造りのほぼ長方形の2階建て建物で、左側の沈下を擁壁で補強している。

奇妙な感覚は、建物に足を踏み入れるとより大きくなる。床は一様に傾斜しているが、内装の角度はまちまちだ。カーテンは垂直に垂れ、窓枠は平行四辺形にひしゃげ、ソファとテーブルの一部は本来の水平に近く補正され……と、さまざまに入り乱れる角度がめまいのような感覚をもたらす。

「アメリカより古いパブ」が失われた

米ワシントン・ポスト紙によると、建物は1765年に農家の家屋として建てられた。しかし、19世紀半ばに栄えた石炭採掘の影響で片側が沈下。1830年前後からパブとして人々が集まり始め、昨年の火災前まで地元ブラック・カントリーの名所として愛されていた。「アメリカ(1776年建国)よりも古いパブ」であった、と記事は伝えている。

このパブで数々の思い出の時間を過ごしてきたと振り返る英バーミンガム・メール紙のアリソン・ブリンクワース記者は、「床が傾いているので、ドアをくぐる前から酔っ払っているような気分になれる」「バーは斜めなのに、パイントは直立しているのも楽しみのひとつだった」と、クルックド・ハウスの楽しみ方を語る。

パブはビール醸造会社のマーストンズが運営していたが、昨年7月、個人所有の農場であるATEファームズに売却された。売却の前からマーストンズは、老朽化のためパブとして存続する可能性は低いとコメント。保存を求めるネット署名活動にも発展し、存続を願うFacebookページには3万7000人以上が参加していた。

原因不明の火災

しかし、売却から3週間と経たない8月5日の夕方ごろ、煙が立ち上っているとの通報が地元消防署に寄せられた。懸命の消火活動むなしく、258年の歴史を誇ったパブはがれきと化した。出火原因の特定のため現場の保存が求められたが、鎮火から日を置かずしてATEファームズが許可なく取り壊していた。無許可の取り壊しは、区画整理法に違反するおそれもあるという。

火災は不審火の疑いがもたれており、所有者側が故意に火を放ったとの見方もある。ワシントン・ポスト紙は昨年8月、4つの消防署から消防車が急行したが、その接近を阻むように、高さ3mの土塁が現場への道に築かれていたと報じている。消防は大容量ポンプ車で遠方から放水し、鎮火に3日間を要した。

のちに行われた探知犬を導入した現場検証では、燃焼促進剤が使われた痕跡が確認された。警察は放火としてあつかうと発表している。関係者3人が拘束されたが、起訴には至らなかった。

バーミンガム・メール紙のブリンクワース記者は、まるで古い友人のように愛していたパブであり、「私たちの歴史の宝物」を壊した不審火に怒りを隠さない。

英デイリー・エクスプレスが事件を報じた動画には、再建命令を出した議会に対し、勇気を称える視聴者コメントが寄せられている。「ガッツのある議会だ」「議会はしっかりとしている。やったことは自分で直せ——気に入った!」

再建期日は約3年後となっている。約束が果たされ、人々の思い出のパブは蘇るだろうか。

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動画:パブは火災後も、傾斜したれんがの外壁を留めている。