世界的なハイジュエラーであるヴァン クリーフ&アーペルが2020年に立ち上げたのが「ダンス リフレクションズ」だ。劇場やアーティストの支援にとどまらず、メゾン自らがフェスティバルを開催するわけをキーパーソンに尋ねた。
Pen4月号の第2特集は『ダンスを観よう』。
社会におけるデジタル化が進むにつれ、フィジカルな体験や「場」の共有が重要性を増している。写真や映像といった二次元の複製可能な芸術作品でさえ、今日ではそれが発表される方法や受け手と共有される空間が意識された上での展示がなされている。その意味では、代替えの効きづらい身体をメディアとするダンサーの表現は、個性を消しづらいぶんだけ、受け手との一期一会の“出会い”を、「いま、ここ」という“時代性”を浮き上がらせる。そして、ダンスが面白いのは、音楽、美術、照明、映像、衣装などさまざまな要素が絡み合った複合的な芸術であるということだ。20世紀のバレエとダンスの歩みを振り返りつつ、プロデューサーやアーティストなど、さまざまな視点から「ダンスのいま」を捉え、その魅力を紹介する。
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去る2023年10〜12月の約2カ月間にわたってニューヨークで開催されたダンスフェスティバル「ダンス リフレクションズ by ヴァン クリーフ&アーペル」は、企業メセナの枠を超え、さまざまな示唆に富む芸術祭であった。プログラム構成から劇場との連携までを牽引したのが、セルジュ・ローラン。約20年にわたってパリのポンピドゥー・センターの舞台芸術企画部門の責任者を担い、19年からヴァン クリーフ&アーペルに加わって「ダンス リフレクションズ」を推進してきた。
「『ダンス リフレクションズ』は創造、継承、教育という3つの指針を掲げています。今回のフェスティバルでは、コンテンポラリーダンスの歴史に残るレパートリーから最新作までを織り交ぜながら、多様性(ダイバーシティ)を意識したプログラムにしました。オープニング作品は、1979年にルシンダ・チャイルズが振付した『ダンス』を、リヨン・オペラ座バレエ団が演じる。会場となるのは、メゾンとも関わりの深いジョージ・バランシンが創設したニューヨーク・シティ・バレエ団の最初の本拠地、ニューヨーク・シティ・センターです」
そもそも、パリのヴァンドーム広場で創業したハイジュエリーメゾンがダンスに入れ込むのにはわけがある。およそ100年前、創業者のひとりルイ・アーペルは、熱心なバレエファンで、甥のクロード・アーペルを連れてはパリ・オペラ座へ通っていた。その後このふたりが中心となり40年代にバレリーナクリップが誕生する。
メゾンを象徴するこのジュエリー作品からうかがえるように、ヴァン クリーフ&アーペルにとってバレエは長年にわたり制作のインスピレーション源となってきた。職人たちはバレエの繊細さや美しさを称え、その動きや衣装に独自の解釈をなしては自らのクリエイションに活かしてきた。
戦後、メゾンとバレエの絆は強くなる。ニューヨーク・シティ・バレエ団を率いていたバランシンは、クロードとの出会いから新作『ジュエルズ』を創る(67年初演)。
メゾンは2000年に入ると、同団の(『ジュエルズ』を踊ったこともある)元プリンシパルで、パリ・オペラ座の芸術監督に史上最年少で就任した経歴を持つバンジャマン・ミルピエともコラボレーションを行う。15年からは欧州でオペラやダンスを支援する組織「フェドラ」と連携し、創意ある優れた作品に「フェドラ-ヴァン クリーフ&アーペル バレエ賞」を授与している。そして20年、メゾンは新たな一章として「ダンス リフレクションズ」を始動する。
「プレジデント兼CEOのニコラ・ボスは、バレエとは違ういまこの時代のダンス、つまり『コンテンポラリーダンス』と呼ばれるものを深く考えたいという思いを持っていました。フランス語と英語の「Réflexion/Reflection」には、映し出すことと内側を見つめることのふたつの意味がある。内省は創造につながります。いまの時代の感性や社会を映す舞台を見て、その体験から自身の内面に深く考えを巡らせるのが『ダンス リフレクションズ』なのです」
続けて、いまこの時代の舞台に感じていること、コンテンポラリーダンスにおける「コンテンポラリー性(時代性)」についてどのように考えているか尋ねてみた。
「ひとつ言えることは多様性(ダイバーシティ)じゃないでしょうか。私がこの仕事を始めた90年代のフランスでは『あらゆることができてあらゆることがダンスになる』というポストモダンダンスの影響を受けた振付家が多かった。それは潮流ではなく、ひとつのスクール(流派)だったのかもしれない。それから30年、いま私が感じているのは、さまざまな流派がある中で、そのさまざまな舞台の中にもスモールダイバーシティがあるということ」
ローランがオーガナイズするフェスティバルの演目はそれを意識してのプログラミングだろう。特に、ロンドンと香港に続く3回目となったニューヨークでの開催では、それが察せられる。初日は、70年代を代表する名作、ルシンダ・チャイルズ振付+フィリップ・グラス音楽の『ダンス』で幕を開け、翌日は2020年代の話題作、ラオルド振付+ローン音楽の『ルーム・ウィズ・ア・ヴュー』が上演された。ローランは嬉しそうに「ふた晩でふたつの(時代の)『コンテンポラリー』を体験したね」と笑う。そしてラストはピナ・バウシュの『春の祭典』だ。『春の祭典』は20世紀初めにロシアの音楽家イーゴリ・ストラヴィンスキーがバレエ・リュスのために作曲した名作で、これまでに名だたる振付家がこの曲に挑んできた。なかでも75年にピナ・バウシュが創作した『春の祭典』は傑作とされる。今回上演されたのは、そのバウシュ版を、バウシュ亡き後にアフリカのダンサーたちがリクリエイション(再創造)するというもの。
いまの時代を映す先鋭的な作品とともに、不朽の名作を現代に蘇らせる試みや、半世紀前の代表作を文化も地域も異なるダンサーたちによって踊りなおすといった演目も含まれており、コンテンポラリーとはどういうことか、ダンス作品の継承や同一性とはどういうことか、そんな議論や黙考(リフレクションズ)を誘発するフェスティバルであった。ローランは任命時にボスから言われた言葉があると、付け加えた。「これまでのメゾンらしいことはしないでいい。世の中になんらかの気づきや、なぜ?と考えるきっかけを与えてほしい」。疑問は内省を呼び覚まし、創造に転化する。ここには、純粋な、ジュエリーとダンスの交歓がある。
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ニューヨーク フェスティバルの演目に、ローランが込めた想いとは?
昨秋にニューヨークで開催されたダンスフェスティバル「ダンス リフレクションズ by ヴァン クリーフ&アーペル」は、70年代から踊り継がれる名作に始まり、議論を呼んだ近年の話題作、鬼才が遺した傑作の再演で幕を閉じた。ダンスの創造と継承、そして再創造に光を当てたプログラムからは、時代性や多様性を考えさせる狙いが見て取れる。
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「ダンス リフレクションズ」が支援する、さまざまなヒト・モノ・コト
振付家やダンスカンパニーのほか、劇場や世界各地で行われている舞台芸術のフェスティバルも支援している。ここに挙げるのはその一例で、一企業のメセナ活動とは思えない“本気度”が伝わるはずだ。
【アーティスト】
「ダンス リフレクションズ」は、振付家やダンスカンパニーを、創作や作品普及、ツアー巡回などを通してサポートしている。アーティストは、フランス語圏を中心に、ケースマイケルのような古強者からスーリエといった新進気鋭までが広く選ばれている印象だ。他にはたとえば、19世紀末から20世紀初頭に斬新な衣装と照明で舞踊史に貢献したロイ・フラー(1862-1928)のサーペンタインダンスをリサーチし、現代に生き返らせるオラ・マチェイェフスカのプロジェクトなども支援を受けている。
【劇場】
コンテンポラリーダンスの殿堂ともいえるパリ市立劇場(テアトル・ドゥ・ラ・ヴィル)をはじめ、フランスを中心に世界各地の劇場とパートナーシップを結んでいる。日本では彩の国さいたま芸術劇場とロームシアター京都と提携し、ディミトリス・パパイオアヌーやノエ・スーリエなど世界的振付家の来日公演をサポート。右で挙げた他には、ポンピドゥー・センター・メスやテート・モダン、ルーブル美術館といった文化施設での作品発表も支援している。
【フェスティバル】
毎年秋にパリで開催されるフェスティバル・ドートンヌや、ジュネーブでのラ・バティ・フェスティバルなど国際的なイベントに参加し、その活動を支援。日本では、若手振付家の登竜門であるヨコハマダンスコレクションのコンペティションで、アンスティチュ・フランセと共同で「若手振付家のための在日フランス大使館・ダンス リフレクションズ by ヴァン クリーフ&アーペル賞」を創設、受賞者にはフランス国立ダンスセンターなどでのレジデンスを用意している。
文・監修:富田大介
明治学院大学准教授
研究領域は美学、芸術社会論、ダンス史。レジーヌ・ショピノの振付作品に多く出演するほか、芸術選奨や文化庁芸術祭の推薦・審査委員なども務める。編著に『身体感覚の旅』、共著に『残らなかったものを想起する』など。