キノコの菌糸体が美しい建材へと変化、欧州のサステイナブルな新素材。

  • 文:細谷正人 現地コーディネート:Naoko Unbekandt
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ノルウェーの建築設計事務所Snohetta(スノヘッタ)は、建築業界の環境負荷を世界的に削減し、サステイナブルな建材への移行を加速させることを目的として、ノルウェーのスタートアップ企業NoMyとキノコ菌糸体のパネルを共同開発。写真はキノコ菌糸体が繁殖している様子と、キノコ菌糸体でできたパネルの完成形。@NoMy

建築は元々、自然素材を利用してきました。日本ではいまでも畳、障子、土壁などを取り入れた建築が建てられています。しかし私たちの住空間で、この様な自然素材の建材を使うことが少なくなってきました。こうした素材の触り心地や匂いなどは幼い頃の懐かしい記憶として、誰しも心象風景に残っているのではないでしょうか。元来、日本建築は季節に応じてしつらえを整え、四季を取り入れることで建築そのものが呼吸できるようにつくられています。実は、このような住まいの工夫は欧米ではあまり見られず、アジア独特の文化なのかもしれません。

先日までパリのカルティエ現代美術財団で開催されていたビジョイ・ジェイン/スタジオムンバイの「Le souffle de l’architecte」展では、竹や石、漆、牛糞、自然塗料、絹糸を主たる建材として使い、五感に訴える美しい建築を再現していました。日本でも「尾道LOG」で知られる世界的なインド人建築家、ビジョイ・ジェインがつくる空間が心地よく感じられるのは、自然素材でつくられた建材への原体験が理由なのかもしれません。

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左:2024年4月までパリ・カルティエ現代美術財団で開催されたビジョイ・ジェイン展。竹の小屋の中には、竹で組まれた球体に馬糞を塗り固めた実験的なオブジェや石の椅子などが展示。 右:様々な形の動物の石像と、竹と絹糸でできた椅子。職人が手で絹糸の座面を編み、構造体の竹には漆”Urushi”が装られている。日本への興味がここでも垣間見られる。

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左:細い竹と絹糸で組み立てられた模型とトルコ人陶芸家の作品、スチール土台に素焼きレンガを貼ったテーブル。 右:漆塗りの竹で組まれた躯体に絹糸で座面が編み込まれているスツール。確かで美しい手仕事が一目でわかる。

食材から、サステイナブル建材へと変化

このようにサステイナブルな建築や建材への意識はますます高まっています。中でも数年前から注目されている素材が「キノコ菌糸体」です。特に欧州ではキノコという日常的な食材が建材へ変化するという、ユニークな取り組みが始まっています。

キノコは菌で構成されていて、菌糸体はその根っこにあたる部分です。乾燥すると非常に固く軽い素材になり、100%生分解できるので、安全で生命力が強いサステイナブルな素材となります。下の画像のように農業廃棄物である麻などの食物繊維やトウモロコシの茎、さとうきび等を培地としてキノコの菌糸体ととともに型に入れて成形し、レンガブロックやパネルなどの建材をつくりあげるという新しい技術です。

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農業廃棄物を培地としキノコ菌糸体が繁殖していく様子。© MOGU srl
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左:パネル化したものでキノコ菌糸体の繁殖を待つ。 右:袋の中でキノコ菌糸体を繁殖させる方法も。© MOGU srl

こうした技術革新が進むなか、オランダ南部のデザインの街、アイントホーフェンで毎年開催されるDutch Design Weekでは、2019年にサステイナブルな建材の可能性を示すThe Growing Pavilionが発表され、10日間で75,000人が来場し国内外で注目を集めました。

このパヴィリオンは、麻などの食物繊維とキノコ菌糸体をベースとしたパネル88枚を外壁に使用。菌糸体がつくる美しい有機的モチーフ、難燃性、撥水効果、防音性などを実証し、内装材、防音材、外装材としても有効であると伝える良い機会となりました。このパヴィリオンは解体後保管され、2022年にアムステルダムの展示会で再建されていますが、今後もどこかでこのパヴィリオンに出会えるチャンスがあるかもしれません。

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左:The Growing Pavilionのキノコ菌糸体で作られたパネル。右:外壁は有機的なフォルムを生かしたデザイン。© Eric Melande

‎0310.‎008.jpegキノコがどのように菌糸体から繁殖していくのか、このモデルからその様子がわかる。 © Eric Melander

キノコ菌糸体のパネルを建築家が開発。

ノルウェーの建築設計事務所Snohetta(スノヘッタ)は、世界中の建築業界の環境負荷を削減し、サステイナブルな建材への移行を加速させることを目的として、ノルウェーのスタートアップの企業NoMyと共に、キノコ菌糸体のパネルを共同開発しています。自然の耐火性があり100%コンポスト可能な防音パネルを作ることに成功しました。

自然が豊かな北欧ならではの発想で、自ら森に入り、探し出した素材がキノコだったのです。2021年に完成したこの防音パネルは、森から採取したキノコの菌糸体と農業や製紙廃棄物を組み合わせてできており、菌糸体が作り出すモチーフはまるでアートピースのようです。彼らには自然素材を取り入れるだけでなく、自然に還元できる建材をつくりるというゴールがあります。

Snohettaはこのようなリサーチプロジェクトをいくつも行っており、世界中でキノコ菌糸体パネルを使ったプロジェクトが進行中です。建築プロジェクトと同じ様に重要なプロジェクトだと言います。彼らは建築を作るということが環境へどのような負荷をかけているかを常に考え続け、具体的に実践している建築家です。

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左:ノルウェーのスタートアップの企業NoMyと共に、キノコ菌糸体のパネルを共同開発。キノコ菌糸体が繁殖している様子。 右:完成したパネル ©NoMy
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スウェーデン・ストックホルムのEY Doberman Sally Labのオフィス。防音効果を見るための実験的なプロジェクト。 © Bjørnar Øvrebø
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ノルウェーのファッションブランドHolzweilerオスロ店の内装にキノコ菌糸体パネルを採用。ノルウェーの自然へのオマージュがテーマ。© Magnus Nordstrand

また、2023年5月にスウェーデン・ストックホルムで開催されたStockholm Creative Editionでは、キノコ菌糸体とオレンジの皮を用いたサステイナブルな内装材、「Veggro Collection」が発表され、その完成度とデザイン性の高さが話題になりました。

これはストックホルムのデザインスタジオInteresting Times Gangとノルウェーの住宅デベロッパーOBOSのコラボレーションによるもので「家具としての壁面」というコンセプトとして、木製フレームの内側に12枚のパネルが構成されています。

北欧民族由来のモチーフが施されており、両面仕様にもできるため、パーティションとしても活用できそうです。キノコ菌糸体が繁殖している独特の模様はなく、キノコ菌糸体が基本素材であると言われないとわかりません。まだプロトタイプですが、製品化されることが待ち遠しい建材です。

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(左)キノコ菌糸体を用いたパネル「LOOM」(右)オレンジの皮を用いて3Dプリントしたパネル「JUGOSO」 ©MARCUS FRENDBERG 

また、量産化に成功しすでに製品化されているものもあります。イタリアmogu社のキノコ菌糸体パネルです。積極的にヨーロッパの展示会に出展し、いま欧州でも注目を集めている企業です。キノコ菌糸体をベースとした防音パネルは凹凸と塗料でデザイン性を上げ、モダンな空間にも対応できるようにデザインされています。これもキノコの菌糸体で出来ているとわからない人も多いでしょう。高度なデザイン性があれば、どんな場所でも使うことが可能になる点がユニークです。

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左:2023年11月パリで開催された展示会Architect@Work Paris出展ブースの様子。右:パネルの材料は、キノコ菌糸体にコットンと麻を加えている。© MOGU srl
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表面は自然塗料もしくはフェルト仕上げ。もちろん塗装なしも可能。モチーフも7パターンあり、様々なシーンに合うよう、上手く提案されている。© MOGU srl 
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アコースティックパネルの事例 © MOGU srl

新しい価値を提供し、自然と共生してきた知恵と技術を活用し、日本発のサステイナブルな建材ブランドを。

このように、世界中でキノコの菌糸体をベースとした建材が開発され、今や製品化している企業も少なくありません。サステイナブル素材への関心は年々高まり、世界的な視点で見てもこのような開発はこれからも増えてくるでしょう。

一方で、地震などの災害が多い日本では安全性や耐久性などの安全基準の観点から規制が厳しい市場でもあります。海外市場を視野に入れると他にも生産拠点、EUの独自規制、関税など輸出に向けたハードルの高さをはじめ問題は多くあります。しかしながら、このようにサステイナブル素材でつくられた建材の新しい価値と、その需要が確実に生まれていることがわかります。

今後、様々なハードルを乗り越え、新しい価値をもたらす日本発のサステイナブル素材による建材が生まれれば、世界でも注目されるグローバルブランドを確立することが可能でしょう。なぜなら本来、自然と共生し、多くの自然災害と向き合ってきた日本人の経験や技術、生活の知恵を強みとして製品開発を行うことができるからです。

また、日本人の独特な視点や技術、美意識を活用できれば、必ずしもLVMHやリシュモンのようなコングロマリットなラグジュアリーブランドではなくても、日本らしいグローバルブランドを創造することができます。風土を知り、市場のニーズを汲むことで、世界でも類を見ない適切性のあるユニークな建材ブランドを生み出すことが可能でしょう。

海外進出を目指す日本企業のビジネスモデルに多くみられる技術や製品の輸出に留まることなく、風土や社会、暮らしの中での活用シーンまで、自らが未来をデザインし、その価値を提供しつづける覚悟が必要です。このように建築建材カテゴリーの世界市場だけを取り上げてみても、固定観念に囚われない独自の価値を設定し、提供することができれば、日本企業がさら成長するための活路を見出せるはずなのです。

細谷正人

ブランディング・ディレクター

NTT、米国系ブランドコンサルティング会社を経て、2008年にバニスター株式会社を設立。同社代表取締役。P&Gや大塚製薬、サイバーエージェント、ワコールなど国内外50社を超える企業や商品のブランド戦略とデザイン、人財育成まで包括的なブランド構築を行う。主な著書に『ブランドストーリーは原風景からつくる』、『Brand STORY Design ブランドストーリーの創り方』(いずれも日経BP)。法政大学大学院デザイン工学研究科兼任講師。

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細谷正人

ブランディング・ディレクター

NTT、米国系ブランドコンサルティング会社を経て、2008年にバニスター株式会社を設立。同社代表取締役。P&Gや大塚製薬、サイバーエージェント、ワコールなど国内外50社を超える企業や商品のブランド戦略とデザイン、人財育成まで包括的なブランド構築を行う。主な著書に『ブランドストーリーは原風景からつくる』、『Brand STORY Design ブランドストーリーの創り方』(いずれも日経BP)。法政大学大学院デザイン工学研究科兼任講師。

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