日本初の舞踊学芸員として、国内外におけるコンテンポラリーダンスの変遷を見てきた唐津絵理。この4月より愛知県芸術劇場の芸術監督に就任するとともに、Dance Base Yokohamaのアーティスティックディレクターとしても活躍する、日本を代表するプロデューサーのひとりだ。「ダンスは複合芸術」と語るその魅力について聞いた。
Pen4月号の第2特集は『ダンスを観よう』。
社会におけるデジタル化が進むにつれ、フィジカルな体験や「場」の共有が重要性を増している。写真や映像といった二次元の複製可能な芸術作品でさえ、今日ではそれが発表される方法や受け手と共有される空間が意識された上での展示がなされている。その意味では、代替えの効きづらい身体をメディアとするダンサーの表現は、個性を消しづらいぶんだけ、受け手との一期一会の“出会い”を、「いま、ここ」という“時代性”を浮き上がらせる。そして、ダンスが面白いのは、音楽、美術、照明、映像、衣装などさまざまな要素が絡み合った複合的な芸術であるということだ。20世紀のバレエとダンスの歩みを振り返りつつ、プロデューサーやアーティストなど、さまざまな視点から「ダンスのいま」を捉え、その魅力を紹介する。
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日本のコンテンポラリーダンスの黎明期から今日までを知り、直接肌で感じ取ってきたひとりが、唐津絵理だ。唐津が大学進学のため上京したのが1986年。日本のダンスシーンに“地殻変動”を生んだ、ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団の初来日と同じ年だ。
「当時最も衝撃を受けたのが、木佐貫邦子さんの『てふてふ』シリーズで、私の中のダンスのイメージを180度変えるものでした。80年代後半から90年代初めは、ピナの他に、アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルのローザス、ウィリアム・フォーサイスのフランクフルト・バレエ団など、一線級の振付家の仕事が日本に多く紹介されました。ピナやフォーサイスの作品は、大人の感性や知的好奇心に訴えかけ、衝撃や興奮とともに、ダンスの価値観や見方を変えてくれたんです。その経験はいまでも私の財産になっています」
唐津が感銘を受けたように、同じ時代を生きた珍しいキノコ舞踊団の伊藤千枝やコンドルズの近藤良平といった新世代の振付家が以降に続々と現れ、自分たちの表現を形作っていった。その新しい芽吹きを伝えるために、唐津が愛知県芸術劇場で98年から始めた企画が「コンテンポラリー・ダンス・シリーズ」であった。
「それまでのモダンダンス、ネオクラシックとは明らかに違う、ということを伝えるためには、新しい言葉が必要だと思ったんです。『これ、なに?』と思わせる仕掛けとして、『コンテンポラリーダンス』という言葉を企画名に使いました。ただ、続けていくうちに状況が変わり、この言葉でイメージされるダンスも人によって異なるので、最近は使う場を選んでいます。そもそもコンテンポラリーダンスとは『同時代のダンス』という意味ですから、いまやっているのはある意味ですべてコンテンポラリーダンスなんです」
日本のコンテンポラリーダンスは2004〜05年頃に、クラシックバレエの公演数を上回るほどに活況を呈した。白井剛、康本雅子、矢内原美邦、手塚夏子……さまざまな才能が華開き、百花繚乱の時代を迎えた。それから20年、日本を代表するプロデューサーは今日の特徴をどう捉えているのか。
「日本のコンテンポラリーダンスは舞踏の影響も大きく、バレエの文脈とは断絶していましたが、いまは海外のカンパニーでコンテンポラリーを踊っていた人たちが帰国し活動していて、日本でもバレエの高い技術を持っているコンテンポラリーダンサーが多くなりました。ただ、海外のバレエ団ではNDTのように、70年代頃から既にコンテンポラリー作品がレパートリーになっています。そして現在は、バレエやストリート、舞踏などさまざまなテクニックが融合し、ある時には素人が参加したりと、時代の空気感を先鋭化させながら、それぞれのスタイルを模索しています。またダンスは身体表現だけでなく、音楽や美術、衣装などと協働する複合芸術です。『理性を超えて、なにかすごいものを見た』という感覚は大事で、6〜7月に招聘するNDTはそんな体験ができる公演になるはずです」
驚きを伴う生身の経験がいまの社会には必要であり、その体験ができる場所が劇場だと唐津は言う。
「現代の情報化社会では、全身で物事を受け止める機会が少ないですよね。自分の理解を超えるものに出合うと、クリエイティブななにかが開いていく感じがあります。そしてそのすごかった、という感想をシェアしてほしい。欧米の劇場では舞台を見て自分の感じたことを話し合っています。それって素敵ですよね。劇場では美術館と同じく知性も鍛えられますが、さらにセンスや想像力が刺激され、固定観念が覆される場でもあります」
熱意あるプロデューサーが世の中を変えたことは、バレエ・リュスのセルゲイ・ディアギレフが証明している。唐津には、アーティストが創作や公演に打ち込める環境を整えたいという強い思いがある。
「ダンスがプロの仕事となるように、DaBYで創作した作品を、愛知で初演し、他へ巡演する。このモデルに共感してくれる人々と協働し、ダンスの上演の場やファンを増やしていきたいです」
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唐津が企画・招聘する、世界最高峰のNDT来日公演
NDT(ネザーランド・ダンス・シアター)プレミアム・ジャパン・ツアー2024
NDTは1959年にオランダで設立。70年代後半にイリ・キリアンが芸術監督に就任すると、世界屈指のカンパニーへと成長。キリアン退団後も才能豊かなダンサーと気鋭の振付家との共同制作により新作発表を続ける。2019年の来日公演では異例の立ち見がでるほどに盛況だったツアーが再び実現。唐津の他にいったい誰がこんなプログラムを日本で組めるだろうというほど、豊かなラインアップだ。クリスタル・パイトやマルコ・ゲッケら「世界最前線の表現者」たちに加えて、ウィリアム・フォーサイスという「巨匠」の作品も楽しめる、珠玉のジャパン・ツアー。特設サイトでは各作品の映像も見ることができる。
6月30日 高崎芸術劇場 TEL:027-321-3900
7月5日、6日 神奈川県民ホール TEL:0570-015-415
7月12日、13日 愛知県芸術劇場 TEL:052-211-7552
※各日3作品を上演。公演の組み合わせは公式サイトを要確認
ndt2024jp.dancebase.yokohama
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横浜の地で育むダンスの文化と、クリエイターのための交流拠点「Dance Base Yokohama(DaBY)」
「つくる」「そだてる」「あつまる」「むすぶ」をキーコンセプトに、「振付家やダンサーが腰を据えて創作に打ち込める場をつくりたい」という唐津の思いを形にしたダンスハウスが「Dance Base Yokohama」だ。セガサミー文化芸術財団が運営を担い、ダンス環境の整備と若手の育成に加え、音楽家や美術作家、デザイナーといったさまざまなクリエイターを迎え入れ、交流拠点となることを目指している。愛称はDance Base Yokohamaの頭文字から「DaBY(デイビー)」。
アソシエイトコレオグラファーとして鈴木竜が参加するほか、ゲストアーティストとしてウィリアム・フォーサイスのもとで活躍していた安藤洋子や島地保武、NDTに所属していた中村恩恵、新国立劇場バレエ団で数多の主演を務めた酒井はな、舞踏をルーツにもちニューヨークを拠点に長く活動していた山崎広太など、国内外の第一線を知るアーティストを迎える。また複合芸術の器として、演劇作家でチェルフィッチュを主宰する岡田利規や、ラッパーの環ROY、チェリストの四家卯大なども参加。
振付家やダンサーの創作活動を支援するレジデンススペースとして、現在は19組のレジデンスアーティストと16名のレジデンスダンサーなど多くのクリエイターを抱えているのも特徴だ。たとえば、東京オリンピックの開閉会式総合振付を担当した平原慎太郎や、6月のNDT公演で来日するシャロン・エイアール&ガイ・ベハールが立ち上げたカンパニー「L-E-V」に所属していた柿崎麻莉子、ドイツと日本を拠点に美術家としても活躍する振付家・ダンサーのハラサオリなど、多彩な面々がレジデンスアーティストとして活動している。
さらに、振付家や若手ダンサーの公募も実施しており、ヨコハマダンスコレクション2021で最優秀新人振付家賞を受賞した女屋理音、俳優としても活躍する舞踏家の阿目虎南、舞台芸術の新たな可能性を拓くことで注目を集めるふたり組のコレクティブ・小野彩加 中澤陽 スペースノットブランクといった若手アーティストも名を連ね、創作のほか講師やコーディネーターとしても活躍する。
Dance Base Yokohamaではアーティストに活動の場を提供する一環として、新作の企画製作も手掛けている。西洋ダンス史の継承/再構築について考察したシリーズ「ダンスの系譜学」や、現代美術作家の大巻伸嗣とサウンド・アーティストのevalaとコラボレーションした『Rain』など、愛知県芸術劇場と連動し十数作を上演してきた。
文・監修:富田大介
明治学院大学准教授
研究領域は美学、芸術社会論、ダンス史。レジーヌ・ショピノの振付作品に多く出演するほか、芸術選奨や文化庁芸術祭の推薦・審査委員なども務める。編著に『身体感覚の旅』、共著に『残らなかったものを想起する』など。