東京都にも島が存在する。その事実は比較的広く知られているが、「どこにあってどんな場所か?」と問われると、考え込んでしまう人も多いのではないだろうか。東京都心から南へ約180kmの場所に位置し、近年その魅力が再発見されている伊豆諸島のひとつ、神津島(こうづしま)。自然とともにゆったりと流れる時間のなかで楽しむ夏の海水浴や、新鮮な魚介類など、島ならではの自然や、豊かな水の恵みに加え、目を見張るほどの美しい星空が見られることから、近年ますます注目を集めている。
島の人々の手で守り高めていく、神津島の魅力
島全体が、富士箱根伊豆国立公園に指定されている神津島。海水浴やダイビング、釣りにはじまり、登山やキャンプも楽しめる。豊かな自然に恵まれた島の魅力を特に感じられるポイントを、神津島観光協会の事務局長である覺正(かくしょう)恒彦さんに聞いた。
「ここには縄文時代から人が住んでいたと伝えられており、漁をしたり原産の明日葉を採ったりして生活していたようです。湧き水は遥か昔からあったそうで、名水として知られていますね」
古くから水が豊かなことで知られる神津島だが、昨今新たな島の代名詞のひとつになっている「星空保護区」認定に向けての取り組みを始めたのは、意外なことがきっかけだった。
「これまで、さまざまな島おこしプロジェクトを行ってきたのですが、島外からお迎えしたある大学生インターンの『星空がきれい』というひと言がきっかけで、新たに星空の魅力へ着目することになりました。それを受けて2016年頃から、島が誇る美しい星空を資源として広められるよう取り組んできました。その結果、20年末にアメリカに本部がある『国際ダークスカイ協会』に認定され、晴れて『星空保護区』となったんです」
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昼は、水の恵みを五感で存分に味わう
神津島では、いたるところで水が湧き、村の水道にもこの地下水を利用している。その水源の豊かさは、伊豆七島の神話にも語り継がれるほどだ。集落とは反対側の静かな入江、多幸(たこう)湾の目の前には、「東京の名湧水57選」にも選出された湧き水がある。水筒などを持っていけば直接水を汲むことができ、観光客はもちろん、島民も利用することが多いのだとか。味わいは、透き通ってまろやか。清らかな水が流れ海へと還っていくさまは、雄大な地球の営みをひしひしと感じさせる。
その他にも島には、水とゆかりのある名所がたくさん。たとえば、島の中央に位置し、トレッキングスポットとして知られる天上山。その山頂付近で見られる不動池の中央には龍王を祀った小さな祠が鎮座し、神聖で静謐な雰囲気が漂う。この池は、雨が少ないと水が涸れることから、漁師をはじめとする島の人々が天候を見極める指標にもなっていた。
この不動池で見られるハート形の水面は、天候条件があわないと見ることができない非常に貴重な景色で、知る人ぞ知る絶景スポットとして人気。近隣の島々を望むダイナミックな光景とコントラストの効いた眺望が、片道1時間半のトレッキングの疲労を吹き飛ばしてくれるはずだ。
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夜は、満天の星空のもとで身も心も解放
さて、日が落ちたらいよいよお待ちかねの時間。この島が大切に守り育てる、もうひとつの風景が姿を現す。外に出て空を見上げると、息をのむほどの絶景が。美しい星々は集落からも目にすることができるが、せっかく訪れたのなら、名所と謳われる島有数のビューポイントに向かうのがお薦めだ。希望すれば、座学と実践の経験を積んだ島民ガイドが催行する星空ツアーにも参加可能。心温まる交流を通し、観測にお薦めのスポットや星空の豆知識はもちろん、島全体の見どころを伝えてくれる。
自然の風景であることが信じられなくなりそうな、プラネタリウムも顔負けの全天の星。この美しい星空は、神津島の人々が光害対策に取り組むことで守り育ててきた。
たとえば、屋外の防犯灯や道路灯。従来のものに比べ、光の届く範囲を真下に限定し、光量も最低限に抑えたものにすべて変更した。そのおかげで、港湾施設の業務や日常生活に必要な明るさは十分担保しつつも、夜の光量の測定値や電気使用量に顕著な変化をもたらす結果に。そのためか昨今、静かで暗い砂浜を好むといわれるウミガメの観測数も増えてきているという。
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豊かな自然に育まれた食材に舌鼓を
これほどまでに海と山の恩恵を受け、自然に身近なところで人々が暮らすロケーションでは、この場所ならではの新鮮な食事も楽しみたいもの。神津島ならではのローカルな食材を用いた本格フレンチがいただける「さわやコルドンブルー」は、島の内外から客足が絶えない人気店だ。
夫婦で切り盛りするアットホームな店で、釣り好きのシェフが釣った魚を供することもあるという。フランス料理に使うことの多いハーブや洋野菜は、離島の生活ではなかなか手に入らないため、軒先で奥さんが自家栽培するなど、島暮らしの魅力も感じられる。
特に魚料理は絶品だ。毎日、朝と昼の2度も釣りをするシェフがさまざまなアレンジを加えながらフレンチへと昇華したメニューの数々は、どれも新鮮な味わいで食べる人を飽きさせない。
島で生活し、その感謝を味覚で伝える
かつて京都で28年もの間フランス料理店を経営してきた薮田進さんは、70歳を前にして神津島に惚れこみ、移住してきた。
「ここはまず第一に、水が美味かった。紅茶を淹れた時の色が違うんですよ。魚だっておいしいし、明日葉や山ブドウなんかがそこらじゅうに生えていてね。小さな島だけど、伊豆諸島で一番の漁獲量を誇っているとも聞きました。毎日魚を食べているけど、飽きませんよ」
島による星空を守るための光害対策後は、月明かりを感じる機会が多くなったという。
「温暖化で獲れる魚の種類は変わってきているけれど、まだまだ島の人たち自身が気づいていない、おいしいものや魅力がたくさんある。訪れた人たちには、それらを発見して楽しみながら、自分たちの普段の生活にも意識を向けてみるきっかけにしてもらえたら」
都心から近いところで気軽な島旅が叶う神津島。日々の暮らしの充実にもつながる大きな気づきを求めて、足を運んでみてはいかがだろうか。