聞き入れられなかった被害女性の声、『アメリカン・ナイトメア』に見る先入観の恐ろしさ

  • 文:中川真知子
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誘拐監禁された被害女性が“自作自演”の疑いをかけられ、警察から「地域を不安に陥れたことを謝罪すべき」と糾弾される事件があった。なぜそのような事態になってしまったのか。事件を追ったNetflixドキュメンタリー『アメリカン・ナイトメア:誘拐事件はなぜ“狂言”と言われたのか?』を通して深掘りしたいと思う。

American Nightmare | Official Trailer | Netflix

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ヒット映画を真似したに違いない

2015年3月、デニース・ハスキンスは、カリフォルニア州ヴァレーホにあるボーイフレンドのアーロンの自宅で何者かによって連れ去られ、48時間に渡って監禁、レイプされた。その後、解放されるも、戻ってきたデニースを待ち構えていたのは世間からのバッシングだった。

その理由は、2012年に出版されたベストセラー小説並びに同名映画の『ゴーン・ガール』との類似点が見つかったからだ。誘拐事件の1年前に公開された映画『ゴーン・ガール』は、浮気した夫に復讐を誓った女性が誘拐事件をでっちあげ、夫の心を支配するサイコスリラー作品としてヒットしていた。

映画『ゴーン・ガール』予告編。

パートナーの元から忽然と消えるも一定期間をおいて戻ってきたこと、パートナーに浮気の疑惑があったことなど、デニースの事件と『ゴーン・ガール』の共通点が指摘されていた。また、デニースが性的暴行を加えられた過去があることから、警察は「性被害に遭った人は、注目されたかったり刺激を求めたりして危険な行動をとる」と主張していたのだ。

一方、パートナーのアーロンは、デニースの行方がわからない間に殺害の嫌疑をかけられていた。突然の不幸に襲われたふたりは警察の助けを必要としていたが、警察から犯人扱いされ、精神が蝕まれていった。

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被害を訴えても聞き入れられないのか

戻ってきてからのデニースは複数回にわたって警察の取り調べを受けたが、身を切る思いで話した恐怖の経験は信じてもらえなかった。身体検査の結果、性的暴行が加えられていた証拠が出ていたにもかかわらず、だ。

当時を振り返り、デニースは女性が被害を訴えた際に信じてもらうことの難しさを語る。「体を盗まれて踏みにじられた。何が起きれば十分なのか。女性はどんな目に遭えば信じてもらえるのか」という言葉はあまりにも重い。

警察は数々の証拠や発言の一貫性を前にしてもなお、デニースの自作自演だと決めつけ、メディアはデニースがまるでソシオパスの如く面白おかしく報じたが、その様子に異論を唱えたものがいた。犯人だった。

犯人は自分にしか知り得ない犯罪の証拠をジャーナリストのメールアドレスに送りつけた。そして「デニースへのバッシングをやめなければ新たなる被害者を出す」とまで書いてきたのだ。ジャーナリストはヴァレーホ警察に情報を共有し、徐々に風向きが変わっていった。だが、ヴァレーホとは異なる地域で新たなる誘拐未遂事件が発生してしまう。

この未遂事件がきっかけとなってマシュー・ムラーという元軍人で弁護士の職歴も持つ男性が逮捕された。ムラーの自宅から押収された犯罪に使われたであろう水泳用ゴーグルにデニースの毛髪がついていたことから、デニースは自作自演の疑いを晴らすことができた。

なぜマシュー・ムラーは決定的な証拠を送りつけたのか、真意はわかっていない。だが、もし彼の自宅からデニースの毛髪が発見されなければ、どうなっていたのだろうか。

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増えつつある「聞き入れられなかった声」をテーマにした映画

『アメリカン・ナイトメア』に限らず、ここ数年、被害に遭った女性をテーマにした作品が増えている。フィクションであれノンフィクションであれ、関係者の心に寄り添っているだけでなく、被害者の声が聞き入れられない理由や、犯罪が隠蔽されやすい仕組みも描写されている。デニースは映画『ゴーン・ガール』と関連づけられ自作自演を疑われたが、丁寧につくられた作品からは学べることも多い。その一部を紹介しよう。

『スキャンダル』(2019年)

FOXニュースで実際に起こった女性ニュースキャスターへのセクハラ騒動を描いている。

『SHE SAID シー・セッド その名を暴け』(2023年) 

MeToo運動のきっかけとなった映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインによる性的暴行を告発した女性記者2人を追った物語。

『アフター・ミー・トゥー』(2023年)

韓国でも起こったMeToo運動のその後を追った4話オムニバスのドキュメンタリー。

『プロミシング・ヤング・ウーマン』(2020年) 

性的暴行を受けた被害者本人ではなく、周囲の人や加害者に焦点を当てた作品。フィクションだからこその物語展開で、作品としてのクオリティはこのリストのぶっちぎりNo.1。

『アシスタント』(2023年) 

権力者による性的搾取や性暴力がなぜ告発されにくいのかを描いた作品。

24年1月、ジャーナリストの伊藤詩織氏が初監督を務めた映画『Black Box Diaries(原題)』がサンダンス映画祭に出品されたことで話題となった。自身に起こったことを自らが調査した同作の日本公開は現時点では未定だが、公開されれば『アメリカン・ナイトメア』同様に、先入観が被害者に与える苦しみや、報道のあり方が取り上げられるだろう。

Netflixドキュメンタリー
『アメリカン・ナイトメア:誘拐事件はなぜ“狂言”と言われたのか?』
www.netflix.com/title/81620852