室町時代末期の京都に生まれ、群雄割拠の戦乱の世を生き抜き、80歳で人生を閉じた本阿弥光悦(ほんあみ こうえつ、1558〜1637年)。南北朝時代にまでさかのぼる刀剣鑑定の名門家系だった本阿弥家において、光悦自身も優れた目利きの力量をもつと、徳川将軍家や大名たちに一目置かれる。そして京都の町衆の一員として、さまざまな職種の工人たちと信仰と血縁を重ねて広いネットワークを築くと、家業だけでなく寛永の三筆とうたわれるほど書の名人としても活躍し、漆芸や陶芸、出版など多様な造形に関わっていく。今では光悦が手がけた品々の多くが国宝や重要文化財に指定されるなど、高く評価されている。
東京国立博物館 平成館にて開催中の特別展『本阿弥光悦の大宇宙』では、光悦蒔絵の代表作の国宝『舟橋蒔絵硯箱』をはじめ、光悦の唯一の指料(さしりょう)と伝わる重要美術品『短刀 銘 兼氏 金象嵌 花形見』などの名刀、それに重要文化財『黒楽茶碗 銘 時雨』といった光悦茶碗など110件を公開し、各方面に才能を発揮した光悦の名品を味わうことができる。それに加えて本阿弥家が日蓮法華宗を篤く信仰し、光悦自身も熱心な法華信徒であったことにも着目。光悦の信仰のあり方といった心の内面と当時の社会状況との関わりを踏まえながら、どのように作品を生み出していったのかについても検証している。
重要文化財『鶴下絵三十六歌仙和歌巻』とは、俵屋宗達が飛びゆく鶴を金銀泥で描いた下絵に、光悦が三十六歌仙の和歌を散らし書きした名品だ。一般的に下絵料紙を用いた和歌集は、下絵が完成したのちに本文を揮毫するといった分業のかたちにて作られるが、本作は墨書にあわせて下絵が補筆された箇所があるなど、光悦と宗達が同じ場で共同制作したとも指摘されている。鶴の動きや群れの密度に呼応して書がリズミカルに展開する様子は圧巻の一言で、余白と文字と装飾のすべてが有機的に結びついているように見える。なお、今回の展示では長さ13メートルを超える絵巻を一挙公開。また長さ10メートル超の『松山花卉摺下絵新古今集和歌巻』も全巻を通期公開しており、長大な画巻が一度に楽しめるように工夫されている。
光悦茶碗の名碗を並べた展示がハイライトを飾っている。光悦は太平の世を迎えた江戸時代初頭、徳川家康より洛北・鷹峯の地を拝領した頃から作陶を本格化したとされていて、特に初代長次郎以降、茶碗作りを生業とした樂家との親交の中で手捏ねによる茶碗の創作に力を注ぐ。茶碗には白楽、赤楽、黒楽とあり、一碗一碗それぞれに際立った個性を持つが、緩急の効いた削りや土のざらりとした素地を活かした独特の施釉に、刀の世界で生きた光悦の鋭い造形意識を伺うことができる。どの茶碗も独立した展示ケースに収められ、360度の角度から鑑賞できるのも嬉しい。事績を記した『本阿弥行状記』に「異風者(いふうもの)」といわれたマルチクリエイター・光悦。その深淵な創作世界を特別展『本阿弥光悦の大宇宙』にて体感したい。
特別展『本阿弥光悦の大宇宙』
開催期間:開催中~2024年3月10日(日)
※会期中、一部作品の展示替えあり
開催場所:東京国立博物館 平成館
東京都台東区上野公園13-9
https://koetsu2024.jp/