パソコン——この今や仕事にも趣味にも、勉強にも使う当たり前の道具は、まだ誕生して50年に満たない。しかし、技術革新が激しく毎年数え切れないほど新製品が発売されるだけあって、栄枯盛衰も激しい。競争の末に消えていってしまったブランドも数知れない中、現役最古のブランド、「Mac」が今年40周年を迎えた。これは2番目に古いThinkPadよりも8年も年長だ。
ポインターを動かしてメニューやウィンドウを操作するグラフィカルユーザーインターフェースを一般に広め、今日の本や雑誌づくりを可能にしているDTP(デスクトップパブリッシング)技術を生み出し出版革命をもたらしたMac。21世紀に入ってからも、単純な処理速度の競争しか行われていなかったパソコンの世界に、エネルギー効率という新しい指標を広めるなど止まらぬ進化を続けている。
老舗ブランドの革新性の秘密とこれからについて、アップルでMac開発の中核を担う3人の幹部に独占インタビューを行った。
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引き継がれる伝統:初代発表時の学生が今日のMacを開発
Mac 40周年のインタビューに応えてくれたアップル幹部は3人。
1人目はアップルの新製品発表会でもお馴染みのクレイグ・フェデリギ。OSを含むソフトの開発を担当するソフトウェアエンジニアリング担当上級副社長だ。
2人目はMac及びiPadの製品マーケティングを行うトム・ボーガー副社長。
そして3人目は、ハードウェアエンジニアリング担当上級副社長で、元々はプロダクトデザイン部門に所属していたジョン・テルヌス。今では要職に就く3人だが、40年前、初代Macが鮮烈なデビューを果たした当時はまだ学生だったという。
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1984年1月、多くのアメリカ人が注目したアメリカンフットボールの決勝戦の終盤。「1984」という題の伝説の広告が流れた。監督は映画「エイリアン」や「ブレードランナー」で有名なリドリー・スコット。
「1月24日、アップルはMacintoshを発表する。あなた方は、なぜ1984年が(小説の)『1984』のようにならないかを知ることになるだろう」。ジョージ・オーウェルのディストピアSF小説の世界の支配者の映像を、Macを体現した女性がハンマーを投げて打ち砕くという内容で製品がまったく出てこないCMだ。9000万人が見て、「あのCMが流れた時、あなたはどこにいた」かと翌朝の新聞でも話題になったCMは、たった1度の全国放送にも関わらず主要な広告賞を総なめ。放映から23年後の2007年にもスーパーボール史上最高の広告として表彰された。
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フェデリギは、13歳ながら、その日にこのCMを見て衝撃を受けたことを鮮明に覚えているという。しかし、彼は、その後、発売されたMacを触ってさらに大きな衝撃を受けたという。
当時、既にプログラミングを学び始めていたフェデリギ少年にとって、Macとの出会いは、その後の人生を変えるほどに衝撃的で「いつかはアップルで働きたい」と決意させたという。
フェデリギよりも歳上で当時、既に高校生だったボーガーもCMに衝撃を受けた1人。その後、学校の先生が購入したMacを学校で見せてくれて「これは手に入れなければならない」と確信し親を説得。家のすべての部屋のペンキを塗り直したご褒美に買ってもらったという。購入後、24時間徹夜をしてのめり込んだ後もMacに執心し、いつかアップルで働きたいと思ったという。
3人の中では一番若いテルヌスがMacを知ったのは父親が1987年発売のMac SEというモデルを買ってきたことがきっかけらしい。同様にMacにのめり込み、学校のタイプライターの授業に8 Kg近くある同機を持ち込むほどこの製品を愛していたそうだ。
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Macの何が革新的だったのか
一体、Macの何がそんなに革新的だったのか。それを知るには当時の他のパソコンを知る必要がある。当時、Mac以外のほとんどのパソコンは、同じアップル社製のApple IIも含め、キーボードから決められたコマンドという単語をタイプして操作していた。例えばディスクにどんなファイルが入っているかを知りたい場合にも「CATALOG」といった命令語をタイプミスをせずにきっちりと打ち込んでreturnキーを押すとファイル名の一覧が文字で表示されるといった具合だ(しかも、同じことをする命令語でもマイクロソフト社のOSでは「dir」、NECでは「files」といった具合にOSごとに異なっていた)。
これに対してMacでは、最初から今日のパソコン同様、可能な操作がメニューとして用意されており、コマンドの暗記も不要ならば、見たいディスクにポインターを合わせてダブルクリックするだけで中身がグラフィックで表示されるなど極めて直感的な設計になっていた。
「あと、ヒューマンインターフェースガイドラインが画期的でした」とフェデリギは語る。これはアップル社が今なお、他のすべてのアップル製品に関しても提供しているアプリ開発者向けガイドラインで、特定の操作をする時に、どうするべきかという基本ルールを示している。
例えばアップル製品では、ファイルの保存や書き出しといった確認の必要な操作をする時には、必ず「保存」、「書き出し」といった重要操作が横並びボタンの右端(あるいは縦並びボタンの上)に表示され、左側(下側)に「キャンセル」ボタンを表示するといったデザインのルールやそれに伴った代替操作方法のルールが決められている。
これに対してMac登場後10年後の1990年代半ばまで、他社製パソコンでは、こうしたルールがなく、アプリ開発者が我流でアプリを開発することが多く、アプリによって「キャンセル」ボタンが右に表示されたり、左に表示されたりとバラバラ。これが誤操作を招いたり、操作のしづらさにつながっていた。
「ガイドラインを示しただけでなく、自らが(お描きアプリの)MacPaintやワープロアプリのMacWriteといった極めて質が高くデザインも優れたアプリを付属させていたので、それによってMacのために開発されるアプリの全体的な質を向上させていました。Macの登場は、それ以前のプログラマーとは異なるタイプのソフトウェアエンジニアを引き寄せたと思います。」(フェデリギ)。
ボーガーは「米国でのMac発売後、最初のCMのコピーがすべてを物語っている」という。「The computer for the rest of us.(その他、大勢のためのコンピュータ)」というコピーで、Macが技術に詳しい一部の人のためのコンピューターではなく、技術がわからない人でも使える「直感的でわかりやすい初めてのコンピューターで、Macの登場後、すべてが変わってしまいました。」と言う。
「美しくシンプルな製品デザインも重要です」とテルヌスが加える。「製品が物としても美しいからこそ、多くの人々がMacに愛情を感じてくれます。Macはただの道具かも知れません。でも、それは使う人に愛された道具なんです。これは他社のパソコンではなかなか起きないことです。一番最初のMacもそうでしたが、今日、我々が作っている最新のMacも、この点で変わっていません。」
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Macの伝統は、革新の連続
ボーガーはMacのその後の40年をこう振り返る。
「初代Mac登場からの40年、Macは常に変化を続け、世界に革新をもたらすプラットフォームであり続けました。世界が注目した直感的なグラフィカル・ユーザー・インターフェースの初代Macから、ノートパソコンのあり方を変えたPowerBook、封筒に入るほど薄くて軽かったMacBook Air。さらに40年に渡って進化を続けたOS。世界中でDTPを可能にしたTrueTypeのフォント技術など。Macは世界をより良い場所にするために常に進化を続けてきたし、それがこの製品の使命なんだと思います。」
「私が強調したいのは、Macが変化し続けるデジタルテクノロジーの世界で、40年間、常に新しい潮流の先頭にいたということです。多くの技術製品は、新しい技術潮流の先頭に立って成功するものの、そこで役目を終えてしまうのですが、Macは常に新しい波の先頭に立ち続けてきました。最初はグラフィカルユーザーインターフェースとDTPの革命でしたが、その後、いち早くTCP/IPネットワークスタック(インターネット接続のための技術)を搭載した最初のコンピューターの1つとなり、いち早くWebブラウジングにも対応しました。パソコンがオーディオやビデオといったデータを扱うようになると、Macはそれらのコンテンツの編集にもいち早く対応し、クリエイティブな人たちのためのデジタルハブになりました。今、我々はAIやApple Vision Proで実現する空間コンピューティングの時代に入ろうとしていますが、そこでも最新のAppleシリコンを搭載したMacが究極のデバイスになろうとしています」(フェデリギ)。
テルヌスはここでも製品愛が大事だという。
「今ここにいる3人を見ても、会社全体を見ても社員が皆、Macという製品をとても愛しているのを感じると思います。この製品愛があるからこそ、時代の節目節目で、新たな大波を乗り越えてこれたのだと思います。」
もう1つ忘れてはならないのが「アップルが製品の構成要素をすべてを自ら手掛けていることです」とボーガー。他社のパソコンでは、インテル社提供のプロセッサに他メーカーの電子基板、マイクロソフト社が提供するOSと言った具合に、他所でバラバラに作られたパーツを繋ぎ合わせて製品を作っている。
「(Macでは)システムデザイン、ハードウェア、ロジックボード、OSを含むソフトウェア、それらすべてを私たち自身で作ることで、他の誰も提供しない体験を作り上げるているのです。ご存知の通り、最近ではAppleシリコンというプロセッサまで自社開発することで、次の次元に達し、できうる限りの最高の製品を提供できるようになったのです。」
フェデリギが続ける。「このAppleシリコンによって、我々は自分たちが本当にやりたいことを、最も基本的な部品レベルから作り込むことが可能になりました。メーカーの中には、アップルがそれをできるのは、世界一成功した携帯電話、iPhoneでスケールメリットを得たからであってズルい、という人もいます。確かにその通りです。私たちは贅沢にも、この大成功した携帯電話を作る幸運に恵まれました。だから、今、そこで得たものをMacを通して人々に還元しようとしているのです。」
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Macのあり方は、常にユーザーが作ってきた
常に変化を続けてきたMacだが、そのMacを一番大きく変えたのがiPhoneだった。その後、アップルはiPadも発表し、アップルは1社で複数の役割がオーバーラップした製品を提供していることになるが、スマートフォン、タブレット、パソコンと言った製品群の中でパソコン製品であるMacの役割はどのように位置づけられているのだろう。
「アップル製品を持っている人の多くは、これらの機器のどれか1つだけを買うのではなく、複数を買い揃えています。さらに面白いのはユーザーは、この作業はiPhone、この作業はiPad、この作業はMacと言った線引きをしていません。我々が(iCloudと言うクラウドサービスを通して)機器間のスムーズな連携を実現しているので、さっきまでiPhoneでやっていた作業の続きを帰宅したらMacの大きな画面でとか、デスクで座っているのに疲れてきたらソファでリラックスしてiPadでと言った具合に機器を連携させ自由に行き来しているのです。」(ボーガー)。
フェデリギが続ける「本当にその通りで、製品の使い分けは我々が考えてユーザーに押し付けるのではなく、ユーザーの側で極めて有機的に行われているのです。我々はそれ以外にもApple WatchやAirPods、そしてまもなくApple Vision Proと言った製品も提供するわけですが、こうした連携を知っている人は、1つ新しいアップル製品を買い足すたびに、個々の製品に対しての関わりもより深まってくるのです。」
テルヌスは開発の舞台裏について語った。
「そもそも我々はMacやiPadと言った製品を作るときに、この製品はパソコンだから、こういった機能を提供しようといった考え方はしておらず、個々の製品のおける最善を目指しているだけです。どの作業はパソコンで行なって、どの作業はタブレットと言った線引きの基準は人によって異なるので、それを我々の方で勝手に決めてしまわず、オープンにしておいた方がいいのです。そしてこのやり方は、今のところ非常にうまくいっています。」
最後に40周年を迎えたMacのこれからについて聞いた。フェデリギは今後、3つのことに注目してもらいたいという。
1つは空間コンピューティング。アップルは2月にゴーグルのようにしてかけると、自分がいる部屋にデジタル情報を合成表示してくれる空間コンピューティング製品、Apple Vision Proを米国で発売するが、Macはこの製品用のコンテンツを制作する上で重要なプラットフォームになるという。
2つ目はAIだ。「Macはニューラルエンジンと呼んでいるAI関連の処理に最適化されたプロセッサを搭載した初のパソコンであり、AI処理を実行する上での最良のパソコンです。昨年、大規模言語モデル(LLM)と呼ばれるAIが一大ブームとなり、多くの技術者が自分のパソコン上でこれを動かしてみたいと考えましたが、AI関連の処理性能が高いMacはそうした人達が好んで選ぶ製品になっています」
3つ目の答えは意外で「我々はゲームが大好きで、Macをゲームをプレイをするパソコンとしても最良の選択肢だと考えています。優れた性能に加え、OSのレベルでもMacが最良のゲーム機となるようにさまざまな努力をしています。」というものだった。
Mac開発に関わる幹部三人のインタビュー。最後はトム・ボーガーが締め括った。
「いずれにしても40年前に発表された最初のMacから、今日我々が提供している最新モデルまで、Macは人々に愛され続けるパソコンであって、その点は変わっていません。」
40年続く最古にして最新のパソコンブランド、Macは10年後の50周年までの間に、どんな新潮流を乗りこなして、どのように進化するのか楽しみでならない。