PMSとパニック障害。メンタルヘルスと真摯に向き合った、映画『夜明けのすべて』三宅唱監督インタビュー

  • 写真:齋藤誠一
  • 文:細谷美香
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三宅唱●1984年、北海道生まれ。一橋大学社会学部卒業、映画美学校フィクションコース初等科修了。監督作『ケイコ 目を澄ませて』(2022年)が第72回ベルリン国際映画祭エンカウンターズ部門に正式出品され、また第77回毎日映画コンクールで日本映画大賞・監督賞他5部門などを受賞した。その他の監督作に、映画『Playback』(12年)、『THE COCKPIT』(15年)、『きみの鳥はうたえる』(18年)などがある。

『ケイコ 目を澄ませて』(2022年)で国際的にも高い評価を得た三宅唱監督が、瀬尾まいこの同名小説『夜明けのすべて』を映画化した。主人公は栗田科学という中小企業で同僚として働く、PMS(月経前症候群)に悩む藤沢さん(上白石萌音)と、パニック障害を抱えた山添くん(松村北斗)。三宅監督はそれぞれの生きづらさにさりげなく寄り添うような視線で、ふたりと周りの人たちがともに生きる物語を描き出している。

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松村北斗と上白石萌音がW主演を務めた映画『夜明けのすべて』は、2月9日よりTOHOシネマズ日比谷ほかで全国ロードショー。©️瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会

男性は基本的に"大きな波"を想定していない

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「映画化の企画をいただいたものの、PMSという名称は知っていても詳しいことはなにもわからないまま、調べるところから始めたんです。そんな当たり前のことも知らなかったのかと言われると思いますが、今回の題材に携わることで、生理によってこんなにも精神的、身体的な症状があるんだということを、恥ずかしながらようやく知りました。たとえばなにかのプロジェクトを進めるとき、我々男性は基本的には”大きな波”を想定せずにゴールまでのスケジュールを立てるんです。でも、波を前提として色々なことを捉え直してみると、こんなに大変なのになんで世の中が回ってたの?と。正確には、回っているように見えただけで、実は見えない奮闘や犠牲がこれまでもたくさんあって、いまもあるんだな、と気づきました。だからと言って、いま一緒に働いている身近な方たちに対してなにか具体的にできているわけではなく、こっちが頑張るもこっちも無理しないもなんか違う気がするし、歯痒いんですが……」

それでもまずは、知ることが他者への想像力の芽生えにつながり、自分ごととして捉えられるようになるのではないだろうか。時々、距離の取り方を間違えたりしながらも手を差し伸べ合い、恋愛とも友情とも違う関係を築いていく山添くんと藤沢さんが、そのことを証明している。

「パニック障害は発作が起こるトリガーが人によって違うし、誰にも言わないまま日常生活を送っている人もいるんですよね。それを聞いて、僕が知らないだけで、僕の周囲にもパニック障害と付き合っている人がいるんじゃないかと思うようになりました。しかもパニック障害の発作は自分も含めて、いまはなくても明日急に起きるかもしれない。僕自身ずっとフリーランスとして生きてきて、メンタルの浮き沈みに悩まされてきた自覚もあります。僕の場合は肉を食べて元気が出てきたらまだ大丈夫かな、というのがひとつの目印ですが、きっと多くの人たちが自分なりに色々な対処法を試しながら生きているんじゃないかなと思いますね」

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©️瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会

パニック障害の発作が起こるシーンは、医療監修のスタッフに支えられながら撮影が行われた。

「山添くんを演じた松村北斗さんにどんな肉体的な負担がかかるのか、しっかり見てもらいながらの撮影でした。過換気症候群になるシーンは本気であればあるほど、危険性が高まってしまう。映画のせいで事故が起こるなんてことは、絶対に嫌だったんです。僕が原作小説からもらったのは、他者に対する"思い込み"のようなものが出会いやおしゃべりをきっかけに解きほぐされていくときのエネルギーでした。映画を観るって、思い込みや偏見から自由になれることだと考えてきたので、そこがリンクしたようにも感じています。だからこそ今回の現場も、みんなで話しながら楽しくやろうと思っていました」

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