圧倒的なデザイン性と超絶技巧を駆使した、ヴァシュロン・コンスタンタンによるアールデコへのオマージュ

  • 文:柴田 充
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昨年11月にドバイで発表された「レ・キャビノティエ- レシ・ドゥ・ヴォヤージュ(旅の見聞録)」のひとつ、「レ・キャビノティエ・ミニットリピーター・トゥールビヨン - アールデコ様式への賛辞 -」。

かつてスイスの時計工房では、採光に恵まれた屋根裏部屋(キャビネット)で時計師や細工職人が精密な作業に勤しんだ。ヴァシュロン・コンスタンタンが毎年発表する「レ・キャビノティエ」のコレクション名はこれに由来する。それは270年近いメゾンの歴史と伝統にふさわしい、過去と未来をつなぐ現在地に他ならない。今回発表された新作9本でも特に注目したのがアールデコをモチーフにした逸品だ。

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6時位置に据えたトゥールビヨンから放射状に剣型のパターンが伸びる。バーインデックスにはバケットカットダイヤモンドをあしらい、外縁のミニッツトラックも天頂に向けて幅を変えることでキャリッジの回転が放つ力強さを演出している。

20世紀という新たな時代が幕を開け、時計の主流も旧態然とした懐中時計からよりアクティブな腕時計へと移り変わる。牽引役となったひとつがアールデコだ。これは20世紀初期から1930年代にかけてヨーロッパで台頭した芸術潮流で、変化する当時の社会や人々の価値観、ライフスタイルにも大きな影響を与えた。時計においてもその斬新なデザインはもちろん、袖を捲り、時を見遣る仕草も当時新鮮に映ったに違いない。アールデコの名は1925年に開催されたパリ万国博覧会から名付けられ、さらにヨーロッパからアメリカへと伝播。独自の進化を遂げたアメリカン・デコとしてニューヨークの摩天楼の建築様式を席捲したのだった。

新作の「レ・キャビノティエ・ミニットリピーター・トゥールビヨン - アールデコ様式への賛辞 -」は、こうした腕時計のデザインを開花させたアールデコ様式にオマージュを捧げる。文字盤は、1928年から1930年にかけて建設されたアメリカ・ニューヨークのクライスラービルの特徴的な段状の尖塔をモチーフにする。装飾には木工のマルケトリー技法とシャンルベ技法をブランドでは初めて組み合わせた。

まず梨の木とユリノキをブラックとブルーで染色しなめらかに仕上げた後、110枚の小さなパネルにカットする。さらに地金を削り取り、凹部に象嵌するシャンルベの技法を用いて、カットした木片でモザイクのようにはめ込んでいく。このゴールドの縁取りによって放射状に広がる剣型の幾何学パターンがより一層際立つのだ。こうしたプレートを2層に重ね、立体感と奥行きも演出している。

さらにケース、ベゼル、ラグにはくまなく精細なインタリオ彫金が施されている。ヘリンボーンのパターンはクライスラービルの建築様式から着想を得ており、アールデコの優美と創造性のリデザインなのである。

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ケースサイドやラグには一つひとつ緻密なハンドエングレイビングを施す。インタリオと呼ばれる沈み彫りの技法で、独特の幾何学パターンはアールデコ様式を象徴する。
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左:拡大したデザインに合わせてカットした木片パネルを組み合わせ、色合いやバランスを確認する。 右:枠を残して地金を削り、その凹部分に木片パネルをはめ込んでいく。一般的にエナメル装飾に用いられるシャンルべ技法だが、これをマルケトリーに組み合わせた。

レ・キャビノティエは、現代の時計業界を俯瞰しても稀有なコレクションといえる。それは、かつて王侯貴族や特権階級が自分だけの時計を求めたように、特別な顧客の依頼でつくられる世界に1本のユニークピースだからだ。製作を担うのはアトリエ・キャビノティエと名付けられた専門部署で、デザインや素材、装飾はもちろん、専用ムーブメントまでフルオーダーに対応するため、独創的な技術の研究開発と、クラフトマンシップを注ぐ伝統的な装飾技法の研鑽が日夜行なわれている。こうしたアトリエ体制を社内に備えるのはスイス高級ブランドでも極めて珍しい。

ただしそれはあくまでもプライベートなオートクチュールであり、ほとんどが一般に公開されることはない。そこで用いられた機構や装飾技法の一部をコレクションとして毎年発表し、いまも進化を続ける技術と文化を広く伝えているのだ。

装飾においては、エングレービング(彫金)、エナメル、ジェムセッティングといった美術工芸の技法を継承する一方、ムーブメントもそれぞれのモデルに応じて革新的な機構を搭載する。「レ・キャビノティエ・ミニットリピーター・トゥールビヨン - アールデコ様式への賛辞 -」はその名の通り、二大複雑機構を融合した。

搭載する自社キャリバー「2755 TMR」は、メゾンの創業250周年に当たる2005年に発表された「トゥール・ド・リル」に搭載した16種類のコンプリケーションから派生したもので、厚さわずか6.1mmの薄さに最高峰の複雑機構を収めた。文字盤に穿たれたトゥールビヨンやケースサイドのさり気ない打刻スライダーの存在感に加え、その薄さでもハイウォッチメイキングを証明するのである。

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左:自社キャリバー「2755 TMR」は部品数471点からなり、トゥールビヨンキャリッジはブランドロゴであるマルタ十字を象る。 右:背面にはふたつのハンマーと2本の円形ゴングを備え、クオーター(15分)と分(ミニッツ)を奏でる。コートドジュネーブ仕上げのブリッジに約58時間のパワーリザーブインジケーターを装備する。
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レ・キャビノティエ・ミニットリピーター・トゥールビヨン - アールデコ様式への賛辞 - /彫金、浮き彫り、木工のマルケトリー(象嵌細工)、宝飾といった装飾美術の技法を駆使するとともに、グランドコンプリケーションを一体化する。メゾンが1832年に拠点を構えたニューヨークで一世を風靡したアールデコをモチーフに、洗練されたデザインと精緻な機能はその先進性と美学を象徴するのだ。手巻き、18KPGケース、ケース径44mm、パワーリザーブ約58時間、シースルーバック、アリゲーターストラップ、非防水、世界限定1本。価格非公開

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アールデコの先進性を讃える二大複雑機構

レ・キャビノティエは毎回コレクションテーマを設け、今回は「レシ・ドゥ・ヴォヤージュ(旅の見聞録)」が掲げられた。19世紀初頭、メゾンは新たな販路を求めてスイスから世界を巡り、名声と繁栄を築いた。こうした先人の旅の足跡を辿り、メティエ・ダールと呼ばれる熟練職人の装飾芸術と精緻な時計技術で讃えるのである。特にニューヨークへの旅は、伝統的なメゾンの時計づくりに自由な発想と創造性を培ったのだ。

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9時位置にトゥールビヨンを配し、反対側の半円を分針は60分、時針は12時間かけて進みフライバックするレトログラード式にした、大胆な構造とデザインが目をひく「レ・キャビノティエ・アーミラリ・トゥールビヨン - アールデコ様式への賛辞 -」。
 

ヴァシュロン・コンスタンタンは、1832年にニューヨークで最初の拠点を設け、アメリカ市場でのスイス高級時計の地位を確立した。国を代表する名家や実業家、芸術家たちに愛用され、1890年に人類初の動力飛行機を開発したライト兄弟の依頼で太ももに固定する初期の飛行用時計も製作した逸話も残る。

さらに経済繁栄により社会の変革を促した狂騒の20年代には、アメリカ市場に向けて特別にデザインしたクッションケースの「アメリカン1921」を発表。文字盤とリュウズ位置を通常よりやや回転させた斬新なスタイルは当時のモータリゼーションとも結びつき、ドライバーの腕元を飾ったのだ。この時期に頂点を極めたのがアールデコであり、こうした時代の息吹は新たな価値をもたらした。「レ・キャビノティエ・アーミラリ・トゥールビヨン - アールデコ様式への賛辞 -」はその進取の精神を宿している。

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左:1918年 に工兵のためにつくられた懐中時計クロノグラフ。 右:「アメリカン1921」は1921年に24本がつくられた。100周年を記念し、2021年に当時の機構や仕上げの技法までも忠実に再現した「ヒストリーク・アメリカン1921」を発表。いまも続く人気シリーズとなっている。

ブラック文字盤の左右には、180度の瞬時ダブル・レトログラードの時分針と、シリンダー型のヒゲゼンマイを備えた2軸トゥールビヨンを搭載する。アールデコ建築のエレベーターの昇降表示のような計時に、ドーム状に盛り上がった風防越しのトゥールビヨンキャリッジはまるでスチームパンクのようだ。

搭載する「キャリバー1990」は、2016年に「メートル・キャビノティエ・レトログラード・アーミラリ・トゥールビヨン」で発表されたもの。さらにその源流には前年に発表されたスーパーポケットウォッチ、「リファレンス57260」がある。これは57の複雑機構を搭載し、時計史上最も複雑なハイコンプリケーションとして知られ、アトリエ・キャビノティエで完成までに8年がかけられた大作である。

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YGケースとブラック文字盤のコントラストが際立つ。前面はスケルトン化され、精緻なメカニズムをアピールする一方、ケースバックは3分割ブリッジに美しいエングレービングが施される。

「アーミラリ」の名は、18世紀フランスの時計師アンティード・ジャンヴィエが製作した天文時計に組み込まれた天球儀を模したことに由来する。このマルチゲージトゥールビヨンをはじめ、レトログラードの瞬時復帰機構、ヒゲゼンマイをテン真に固定するヒゲ玉のチタン採用、調整可能なレバー脱進機の4件の技術特許を出願。これまでレ・キャビノティエでのみ採用された超絶技巧の象徴だ。

さらに装飾においても見どころは数多い。シースルーバック越しの3分割ブリッジには、ニューヨークの高層ビルのアールデコ装飾をモチーフにバ・ルリエフ(浅浮き彫り)を施し、ベルサージュ(点刻)で縁飾りを仕上げる。さらに地の部分を削り取り、グレイン仕上げによる光の陰影が、より立体的に彫金を際立たせる。分割ブリッジの絵柄が途切れることなく連続した彫金は高度な技術を要し、レ・キャビノティエでも初の試みだ。作業には3つのブリッジを正確に位置づける専用ツールから開発し、完成までに1カ月がかけられた。

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ブリッジにはアメリカン・デコの装飾を想起させる彫金に、さらにその外形を際立たせるために地金を削り、縁をべルサージュ(点刻)で仕上げている。多彩な技法と熟練の技をこらしたまさに装飾美術だ。
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二軸トゥールビヨンに合わせて風防はドーム状になり、さらにケースサイドにもサファイアクリスタルの小窓を設け、シリンダー型ヒゲゼンマイを備えたキャリッジのダイナミックな動きを見て楽しめる。
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レ・キャビノティエ・アーミラリ・トゥールビヨン – アールデコ様式への賛辞 – /世界で最も複雑な機械式時計の技術から派生した、レ・キャビノティの専用キャリバーを搭載する。二軸トゥールビヨンのユニークな動作に加え、瞬時ダブルレトログラードの時分針の動きもオリジナリティにあふれる。長い歴史と伝統に根ざし、常に進化を続けるメゾンの技術の結晶だ。手巻き、18KYGケース、ケース径45mm、パワーリザーブ約58時間、シースルーバック、アリゲーターストラップ、非防水、世界限定1本。価格非公開

 

ヴァシュロン・コンスタンタン

TEL:0120-63-1755
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