1957年から1979年までの間、東京国立近代美術館や京都国立近代美術館などを舞台に、ほぼ2年に1回のペースで全11回開催された「東京国際版画ビエンナーレ展」。マス・コミュニケーション時代が到来した戦後の日本において、印刷技術の発展とともに美術と大衆文化の結びつきが一層強まり、複製メディアによる新たな表現に関心が高まる。そして当時の気鋭の版画家やデザイナーの活躍の場として注目を浴びると、29カ国が参加した第1回展では読売会館と国立近代美術館の2つの会場にて829点(日本:160点)の作品が公開され、日本にいながらにして世界の美術の動向を感じられる貴重な機会として人気を集めた。
石川県金沢市の国立工芸館で開催中の『印刷/版画/グラフィックデザインの断層 1 9 5 7 - 1 9 7 9』では、「東京国際版画ビエンナーレ展」の受賞作や出品作を一堂に公開。浜口陽三や池田満寿夫、また高松次郎などの「版」表現に挑んだ作家たちの代表作が並んでいるほか、田中一光や永井一正、それに横尾忠則といった日本を代表するグラフィックデザイン界の巨匠たちが手がけた「東京国際版画ビエンナーレ展」の展覧会ポスターが初めて全11回分まとめて展示されている。同ビエンナーレでは回を重ねることに版画の技法を追求することより、「これは版画なのか?」を問い直すような作品が多く出展されたが、当時の現代美術の最前線に近い作品も目の当たりにできる。
「東京国際版画ビエンナーレ展」から世界へと大きく羽ばたいた池田満寿夫に注目したい。瑛九の勧めにより銅版画をはじめた池田は、まだ知名度が低かった頃の第1回展に応募して入選、さらに第2回展から第4回展まではドイツの美術史家のヴィル・グローマンといった外国人審査員たちの賞賛を受けて3回連続で受賞を果たす。すると第4回展の翌年の1966年に行われたヴェネツィア・ビエンナーレの版画部門で国際大賞を受賞するなど世界的に評価されていく。この間、池田はエッチングからドライポイント、さらにリトグラフなどさまざまな技法を駆使して作品を制作するが、細かい線が画面を行き交う《動物の婚礼》(1962年)と地面に溶けていくような身体を強調した面的ともいえる《夏 1》(1964年)などの作品によって、その表現の違いを見比べられる。
なぜ「東京国際版画ビエンナーレ展」は11回で終了したのか? その要因として当時の版画ブームが終焉したこと、そして20年経って新鮮味が薄くなったことなどが挙げられるという。しかし葛飾北斎と棟方志功をメインヴィジュアルに採用した原弘の第1回展、大首絵をダイナミックに引用した田中一光の第3回展、さらに文字・図像以外のすべてのホイル紙の余白が鏡面となって機能し、3次元的な空間が広がる杉浦康平の第8回展のポスターなどはいま見ても古びることなくクールだ。またあわせて1977年に開館した東京国立近代美術館工芸館の第1回目の展覧会をふり返る特集展示も行い、同ビエンナーレと同時代の工芸の名品も堪能できる。版画とグラフィックデザイン、それに工芸がクロッシングする意欲的な展示を、伝統工芸のまち・金沢の地で見届けたい。
『印刷/版画/グラフィックデザインの断層 1 9 5 7 - 1 9 7 9』
開催期間:2023年12月19日(火)〜2024年3月3日(日)
開催場所:国立工芸館(石川県金沢市出羽町3-2)
https://www.momat.go.jp/craft-museum/