Pen本誌では毎号、作家・小川哲がエッセイ『はみだす大人の処世術』を寄稿。ここでは同連載で過去に掲載したものを公開したい。
“人の世は住みにくい”のはいつの時代も変わらない。日常の煩わしい場面で小川が実践している、一風変わった処世術を披露する。第13回のキーワードは「縁を切るタイミング」。
友人と縁を切ったことはあるだろうか。僕は明確に縁を切ることはせず、なるべく会わないようにして徐々にフェードアウトすることが多い。それでも一度だけ、「こいつとは終わりだな」と心に決めたことがある。友人が預言者になってしまった時だ。
友人が預言者になった経験のある人にはわかってもらえると思うが、預言者というものはサッカー選手や大学教授と違い、一定のステップを踏んで徐々になっていくものではない。歴史上の有名な預言者がそうであったのと同じで、ある日突然なる。
その友人の名前を、仮にAとしよう。Aは僕のバイト仲間の友人で、音楽フェスへ行った時に初めて知り合った。僕と音楽の趣味が似ていて、かつ僕よりもずっと詳しくて、いろんなアーティストを教えてもらった。アルバムを貸してもらったり、一緒に音楽イベントへ行ったりして、それなりに仲のいい友人のうちのひとりだった。大学を卒業したAが、忙しいことで有名な大企業に就職したこともあって、年に何度か会う程度の仲になってしまったが、それでもたまに会って飲んだりする仲だった。
Aが預言者になったのは社会人になって何年か経ってからで、預言を受けたことをFacebookで報告した。「1カ月後の○月○日に九州で大地震が発生します」と言った。「僕は先日、宇宙エネルギーを通じてチャンネルからの交信を受け、そのことを知りました。九州に住んでいる人はいますぐ避難してください。九州に知人がいる人は避難するよう勧告してください」
Aの投稿欄は「病院に行ったほうがいいよ」や「話聞くよ」や「なんかあった? 大丈夫?」というコメントであふれかえっていた。確かにそうコメントしたくなる気持ちはよくわかる。僕もAを心配する一方で、かなり感心する部分があった。Aは明確に日付を指定して、しかも九州と場所を限定して、「大地震が発生します」と断言していた。凡百の占い師は「近いうちに南のほうで地震がある」みたいな予言の仕方をする。「近いうち」も「南のほう」も主観的な表現で、「地震」というのも規模がわからない。そうやって曖昧な部分を残して、絶対に予言が外れないようにするのだ。
しかしAの予言は、当たったか外れたかを明確に判定することができてしまう。おそらくAが予言する日に九州で大地震は起こらないだろうが、外れた時にどう申し開きをするのだろうか。たとえば「宇宙エネルギーもチャンネルも僕の勘違いでした。ご迷惑をおかけした方、申し訳ありませんでした」みたいな投稿をしたなら、もう一度Aに会ってどういう経緯で預言者になったのか聞いてみてもいい、と思った。
その日からAは「宇宙エネルギー」についての説明や、どのようにして啓示を得たのかの解説、常人がチャンネルにつながる方法などを投稿するようになった。コメント欄は「会いにいくからどこに住んでいるか教えて」など、悲痛さを増していった。Aはそんな心配の声をすべて無視した。
そして、Aが「この日に大地震が起こる」と予言した日になった。もちろん地震は起こらなかった。小さな地震もなかった。僕はそこまでは予想していた。問題は、ここからAがなにを口にするかだ。
「九州を襲うはずだった宇宙エネルギーがチャンネルを通じて僕の心に注ぎ込んできました。大地震が起こるはずだった時刻、僕の心が大きくゆれました。祈りが通じて、九州の大地と僕の心が一体化したのです」
その投稿を読んで、僕はAのフォローを解除した。友人が突然預言者になってしまった時、あなたならどうしますか?
小川哲
1986年、千葉県生まれ。2015年に『ユートロニカのこちら側』(早川書房)でデビューした。『ゲームの王国』(早川書房)が18年に第38回日本SF大賞と第31回山本周五郎賞受賞。23年1月に『地図と拳』(集英社)で第168回直木賞受賞。近著に『君のクイズ』(朝日新聞出版)がある。
※この記事はPen 2024年1月号より再編集した記事です。