アメリカ北東部ペンシルベニア州に生まれ、1980年代初頭にニューヨークの地下鉄構内で、使用されていない広告板を使ったサブウェイ・ドローイングと呼ばれるプロジェクトで脚光を浴びたキース・ヘリング(1958~1990年)。アンディ・ウォーホルやジャン=ミシェル・バスキアとともにカルチャーシーンを牽引し、国際的に高い評価を受けると、日本を含む世界中にて壁画制作やワークショップの開催、HIV・エイズ予防啓発運動や児童福祉活動を積極的に展開していく。1990年にエイズによる合併症によりわずか31歳の若さで亡くなったものの、明るく、ポップなイメージの作品でいまも世代を超えて愛されている。
森アーツセンターギャラリーで開催中の『キース・ヘリング展 アートをストリートへ』では、活動初期のサブウェイ・ドローイング、トレードマークとなったモチーフによる作品『イコンズ』や彫刻、ポスター、晩年の大型作品など150点もの作品が勢ぞろい。さらに数度にわたる来日が縁で生まれた貴重な作品や資料などを当時の写真とともに見ることができる。また「公共のアート」や「アートはみんなのために」といった6つの章などにて構成された展示は、ヘリングがアーティストとして活動した約10年をテーマ別に紹介していて、どのように創作を行っていたのかをわかりやすくたどることができる。光り輝く赤ん坊、通称ラディアント・ベイビーなど、ヘリングの作品はあまりにも有名だが、さらに踏み込んで意外と知られていない人生の歩みをひも解くような内容といえる。
日本初公開5点を含む合計7点のサブウェイ・ドローイングも大きな見どころだ。「ここに描けば、みんなが見てくれる」とひらめいたヘリングは、ニューヨークの地下鉄駅構内の空いている広告板に貼られた黒いマット紙にチョークでドローイングを制作。駅員の目を盗みながら、空きを見つけては数分で仕上げ、再び地下鉄に乗り、また別の駅へと向かう。当然ながら無許可の活動のため剥がされてしまうものの、いつしか評判を呼び、駅員に剥がされる前に剥がすファンも出現して争奪戦となった。約5年間続いたサブウェイ・ドローイングは数千点にも及ぶとされるが、技法や材質から保存と管理が難しく、ほとんどが取られるか捨てられたために残っていない。よって国内でまとまった数で展示されるのは奇跡的でもある。
ポップアートだけでなく、舞台芸術や広告、音楽などと関わりながら制作の場を広げていったヘリング。彼が人々にメッセージをダイレクトに伝えるために用いたのはポスターという媒体だった。そして1982年、ヘリングは核放棄のためのポスターを自費で2万部を印刷すると、セントラル・パークで行われた核兵器と軍拡競争に反対する大規模デモにて無料にて配布する。戦争をはじめとする社会に潜む暴力や不平等に警鐘を鳴らし、HIV・エイズや性的マイノリティに対する偏見と支援不足を訴えたヘリングのメッセージは、現在も全く古びることなく多くの人々に響き続けている。「アートはみんなのために」の信念のもと、31年の人生を駆け抜けたヘリングの生き様を『キース・ヘリング展 アートをストリートへ』にて体感したい。
All Keith Haring Artwork ©Keith Haring Foundation
『キース・ヘリング展 アートをストリートへ』
開催場所:森アーツセンターギャラリー [六本木ヒルズ森タワー52階]
開催期間:2023年12月9日(土)~2024年2月25日(日)
https://kh2023-25.exhibit.jp/