2023年はダイバーズウォッチの祖となる銘機、ブランパンのフィフティ ファゾムス誕生から70周年を数える記念の年であった。アニバーサリーを寿ぐ特別モデルが続けてリリースされてきたが、その第3弾が9月末に発表された。
「フィフティ ファゾムス 70周年記念 Act3」という特別なモデル
2023年9月、映画祭で知られる南仏の街カンヌで、スイス高級腕時計を代表する老舗ブランドの「ブランパン」が1本の腕時計を発表した。1953年に誕生し、ダイバーズウォッチの原型となった時計、フィフィティ ファゾムスのアニバーサリーを祝うモデル、フィフティ ファゾムス 70 周年記念 Act 3である。
ヴィンテージテイストを強くただよわせるその装いは、1957年に誕生しフランスやドイツ、アメリカなど各国の軍隊に採用されていたミルスペックモデルをルーツとするもの。15、30、45と数字が刻まれたロック機能付の回転ベゼル、夜光マーカーを塗布した針やインデックス、高度な防水性などダイバーズウォッチの基本要素となる特徴に加え、当時と同じ41.3ミリ径のサイズを忠実に再現し、6時位置にはグレーの防水性表示というディテールを設けている。これは故障に直結する時計内部への浸水の有無を知らせる機能で、このミルスペックモデルを象徴するディテールである。
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レプリカではなく、重要な時計の要素を組み合わせたモデル。
フィフティ ファゾムスは、ダイバーズウォッチの祖として時計好きから敬意を持って語られる存在だ。今回のモデルのルーツとなった腕時計も、愛好家たちにとって垂涎の的となるモデルである。 「決して、レプリカをつくりたかった訳ではありません」と語ったのは、このモデルの開発をリードしたブランパンのマーク・A ・ハイエック社長兼CEOだ。 「ミルスペックモデルはドラマティックで、愛好家から最も知られた存在です。今回、57年のモデルを踏襲していますが、実際はアメリカ海軍で使用されていた非磁性モデルの主な機能を組み合わせています」
たとえば、鈍く輝く9Kブロンズゴールド製ケース。かつての素材はニッケルシルバー製であったが、今回は主素材であるブロンズにゴールドを合わせ、その他シルバーやパラジウム、ガリウムを加えた新機軸の素材を採用、ピンクを帯びた美しい金属色を得ている。またサファイアガラスのケースバックも現代的な仕様である。当時は軟鉄のインナーケースに収めて耐磁性を確保していたが、現代ではシリコン製ヒゲゼンマイなど非磁性のパーツを用いており、自社製の高品質なムーブメントを眺める楽しみが得られている。
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南仏 カンヌという、無二のロケーション
ころでなぜ、カンヌの地でお披露目が行われたのか。そこには明確な理由があった。1950年代にブランパン社の共同CEOであったジャン=ジャック・フィスターは熱心なダイバーという顔を持っていたが、ダイビングを楽しんでいた際に空気が不足し、生命の危機に瀕するアクシデントに見舞われる。その経験からフィスターは、残り時間を的確に読み取れる、ダイビング用の機能を備えた時計が必要と痛感する。
その後フィスターによって現代へと続くダイビングウォッチの原型となる時計、フィフティ ファゾムスが登場するに至るのだが、きっかけとなったダイビングをおこなっていたのが、ほかでもないこのカンヌの海だったという。アニバーサリーモデル世界に披露する場として、特別なゆかりをもったカンヌは、無二の場所であったといえる。
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活発な海洋保護活動と、マーク・A・ハイエックという重要人物
また今回のイベントでは、記念モデルの発表に先立って、海洋保全への取り組みである「ブランパン オーシャン コミットメント」によるプログラムも行われた。専門家を招いたパネルディスカッションにはハイエック氏も参加して、海洋保護活動の現状と課題に関して活発な意見が交わされた。
ブランパンがこうした活動に積極的であることは、よく知られた事実である。海洋資源の重要性を訴え、決して小さくない資金を投じ、海洋保護区の設置をリードするなど、時計ブランドとして類を見ない厚みのある活動を進めてきた。そして、この取り組みを牽引しているのは、ほかでもないハイエック氏である。
「(海洋資源をめぐる問題は)とても大きな問題だと思っています。何を守っていくべきか、情報を集め、人々をつなげ、関わってもらうことが大事です。将来、われわれの子どもたちが遊ぶ場所がなくなってしまわぬように、責任を持つことが重要です」
ハイエック氏は機械式時計の復興に貢献したニコラス・G・ハイエックを祖父にもつ。カンヌの東、アンティーブ岬の根っこにハイエック家が所有する別荘があり、彼自身も幼い頃から多くの時を過ごし、目の前の海と親しんでいたという。
「このエリアは、自分にとってもはじまりの場所。いまでは五つ星ホテルばかりだけれども、かつては漁業の街だった」と語るハイエック氏。この地は彼にとっても、特別な思いが込められた場所であったのだ。
お披露目のイベントに先立って、各国から招かれたジャーナリストはハイエック氏とともに船で沖へ出て、カンヌの海でダイビング体験を行った。ダイバーズウォッチが必要とされる環境をリアルに体験するとともに、「まずは海に入ってみて、そこにある世界を知ってほしい」というブランパン社のメッセージが強く感じられた。
フィフティファゾムスという、愛されるべき存在。
以前から海洋保護に強い関心を持っていたというハイエック氏。ブランパンのCEOに就任した彼は、ブランパンの保管庫でヴィンテージのフィフティ ファゾムスを発見し、その素晴らしい歴史と伝統を備えた時計を現代に甦られることを決意したという。
「ブランパンにくるまで、フィフティ ファゾムスのことは知りませんでした。2003年に出会って、恋に落ちてしまったんだ。そして、ブランパンにこのアイコンを授けてくれたのが、海洋という世界です。ブランパンにとって、海洋はすべてにとっての命となるもの。いつも特別であり続けています」とハイエック氏。
ブランパンにとり海洋は特別なものであり、そこにスピリットを賭けているのだろう。スピリットとは精神であり、魂である。そう、ブランパンと海洋、そしてフィフティ ファゾムスと結びつけているのは、そこに絶え間なく注がれている“スピリット”である。
時計の歴史をひも解くと、語り継ぐべき物語がいくつも存在する。しかしその一方で毎年、星の数ほどの新作が登場しても、時代を超えて語られていくものは極めて少ない。語り継がれる存在までたどり着く時計と、その他の時計の違いはどこにあるのか。それは単に時計として機能やデザインが優れているのみならず、いかにつくり手の情熱や“スピリット”が込められているかではないだろうか。ブランパンのフィフティ ファゾムスには、生みの親であるハイエック氏のスピリットが惜しみなく注がれていることを感じるのだ。
「このモデルはもともと大成功を目的としてつくったわけではなく、ダイバーのニーズに応えるためにつくったので、ルールにとらわれず、アイコニックな時計のDNAを守り、革新を続けなければいけません。それがこの時計のスピリットでもあります」
今回のフィフティ ファゾムス 70周年記念 Act3は555本限定で発売される。完成した時計は一つひとつ、特別仕様のケースに収められてオーナーの元に届けられる。そして、このケースは海底探索において水中写真撮影用の特殊なカメラケースを模したもので、やはりブランパンの海洋保護活動を想起させるもの。ここにも、ブランパンのスピリットが現れていると言えるだろう。
ブランパン ブティック 銀座
TEL 03-6254-7233
www.blancpain.com