2017年にスタートし、その1年に活躍をしたクリエイターをたたえる「Pen クリエイター・アワード」。今年から新たに、クリエイターを志す人を対象とした作品公募制のワークショップ「NEXT by Pen クリエイター・アワード」(以下、NEXT)が始動した。
11月21日に「NEXT」ポスターデザイン部門"のワークショップを開催。多数の応募者から選ばれた5組が参加し、デザイナーの石井勇一さんがメンターとなって、講評・ディスカッションを行った。その後、ワークショップを経てブラッシュアップされた最終作品を参加者が提出し、その評価を以て最優秀賞を決定。この記事ではワークショップの模様と、最優秀賞作品の発表およびメンター石井勇一さんの講評を紹介する。
池松壮亮主演の映画とコラボレーション
映画宣伝において最も大切な役割を担う「ポスター」。映画を認知させ、劇場へ足を運ばせるきっかけとなる存在だ。
今回のワークショップは、現在公開中の映画『白鍵と黒鍵の間に』とコラボレーションして行われた。本作はジャズミュージシャン・エッセイストの南博による『白鍵と黒鍵の間に -ジャズピアニスト・エレジー銀座編-』を原作とし、冨永昌敬が監督を、池松壮亮が主演を務めた。主人公(原作者)の南博を「南」と「博」という二人の人物に分け、池松壮亮が一人二役で演じ、さらには過去と現在の時系列が交差しながら物語が進んでいくというチャレンジングな作品だ。
ポスターをはじめ、本作の宣伝ビジュアルをデザインしたのが、今回のメンターを務める石井勇一さん。学生から現役デザイナーまで、映画のポスターデザインに関心のある参加者たちが、本作を視聴した上で主演の池松壮亮さんをフィーチャーしたポスターを制作した。
本ワークショップは、まず参加者が自身の作品のコンセプトや狙いをプレゼンし、石井さんおよび他の参加者からフィードバックを受けるという形で進んでいった。
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多種多様な5つのポスターに、それぞれが込めた想い
最初に自身の作品についてプレゼンしたのは、グラフィック・デザイナーの桑原拓巳さん。
「映画を見る前は『孤高のジャズピアニストの物語』という印象でしたが、実際にはもっとユーモアあふれる作品で、バブル前夜のアダルティな世界観が自分には喜劇のように感じました。デザインをする上で意識したのは、同一人物である二人の関係性を多面的に表現すること。ピカソのキュビズムのように、異なる時間軸や角度の二人の人物を1つの空間に存在させつつ、ピアノに向かっているという姿勢は共通させた。これをエロチックに表現しました。墨汁をティッシュに染み込ませることで、微妙な質感や色味を出しました」と作品について紹介。
石井さんは「オリジナリティがあり、パッと見ていいと思いました。主人公の二面性が滲み出ていて、映画を観たことがない人に、どういう本編が待っているのかという興味をそそらせる表現ができていると思います。また、アナログな制作手法にも好感がもてました。ロゴはもう少しトライの余地がある。コピーが1行入るとまた印象が変わってくるので、そこも試していただくといいと思います」と講評した。
次にプレゼンした大脇初枝さんは原作小説の文章を引用し、それを「黒塗り」のように写真で隠すという表現に挑戦した。「白鍵と黒鍵というワードそのものがインパクトがあるので、まず鍵盤や音楽を感じさせるデザインを目指しました。また、鍵盤の形から、長方形の組み合わせで表現したいと思いました。黒塗りの中に南と博それぞれの写真、ピアノ、タイトルと言った要素を入れながら、ピアノの形に見えるように仕上げていきました」と話した。
石井さんは、「全体としては、ありそうでない大胆なデザインだと思います。だからこそ、引用している文章や隠れてる文字の意図がどうしても気になってしまう。そこの意味の整合性を取るのはなかなか難しいと思いますが、実現できれば非常に面白いし、さらに良いものになるのではないかと思います」とアドバイスした。
続いてプレゼンしたのは、大学でデザインを学ぶ小泉さん。
「映画の物語性というよりは、『空気感』を再現できたらと思ってデザインをしました。このタバコを吸っている写真を選んだ理由は、主人公のもつ葛藤や感情が、表情に表れていると思ったからです。そこに物語上で重要なピアノを弾いているシーンを重ねることで、さまざまな感情や、博と南の人生が交差し、変化していくことを表現したいと思いました。徐々に下がっていくタイトルの文字は、劇中で実際に崖から落ちるシーンがあったように、夜のディープな世界へと落ちていく様や、彼の不安定さを表現しました」
石井さんは「タイトルの配置はいいアイデアだと思いますが、視認性という意味ではマイナスにも働くので、もう少しバランスを検討する必要がありそうです。背景のタイルが少し悪目立ちしてしまっているのも気になる点で、ここを改善すると右上のキャッチコピーがもう少し生きてくるのでは。また、同じ色合いではなく違ったトーンで2枚の写真を重ねることで、新しい表現が生まれるかもしれません」と講評した。
続いてプレゼンしたオウ アンキさんは、「ポスターは平面のメディアですが、音楽が聞こえてくるような感覚を表現しようと思いました。テキストのデザインや配置も音楽をイメージし、全体の明るさを抑えることで、昭和の夜のクラブの雰囲気を再現しました」とプレゼンした。
石井さんは「上下に黒い余白を設けることで目がいくポイントが演出できており、とてもいいなと思った」と高評価。「左側の見切れている女性の印象が強いので、ちょっとトーンを抑えたり、トリミングで調整するといいかもしれません。また、少し主人公が右寄りに配置されてますが、センター寄りにすると、下のキャッチコピーもより印象的になるのではないでしょうか。また、例えばトランプのように反転してもう一人(博)の写真が入ってくるなど、もう一人の人格を表現するなにかにトライしてみると、より面白いかもしれません」と石井さんは改善点を提案をした。
ラストは、グラフィックデザイナーの小橋可奈子さん。
「映画を観て、ミュージシャンの『理想』と『現実』が対比され、描かれていると感じました。『白鍵』が未来への希望に満ち溢れているピアニスト(博)で、『黒鍵』が現実で妥協して苦しんでいるピアニスト(南)のメタファーになっている。この二人の葛藤をデザインでどう表現していくかを考えました。映画ではどちらかというと黒鍵(=南)の方に軸足があると感じたため、大きく写真を使っています。その中に複数の写真をコラージュすることで、一人の人物にいろいろな過去や内面があることを表現したいと思いました。タイトルロゴは葛藤や曖昧さを示すため、白と黒、その間の色を使っています」
石井さんは、「一人の人物から作品のさまざまな世界観を表現するというのは、わかりやすくていいと思います。コラージュを突き詰めるなら、例えば南のシェイプのアウトラインと、それぞれコラージュした別の写真のシェイプが上手く重なるようにするとか、群像が重なって一人の人物になっているような見え方にできると、より面白いアートワークになるだろうなと想像しました。写真のセレクトは、もちろんシーンの意図を汲み取って選ぶことも大事ですが、そこに囚われすぎない方がいい。お客さんはまだ見たことがないシーンなので、写真そのものとしての良し悪しを優先してセレクトする方が、ビジュアルとしては強くなる場合もあります」と講評した。
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ブラッシュアップ版の提出を経て、最優秀賞を発表!
このワークショップから約2週間の制作期間を経て、参加者からブラッシュアップ版(最終版)が提出された。これを見た上で、石井さんが最優秀賞をセレクト。見事最優秀賞に輝いたのは、オウ アンキさんの作品である。
石井さんからは、以下の講評があった。
「独自の表現として、本作の魅力がバランス良く香り立っている作品。妖艶な世界から浮かび上がる人物像を軽快に表現する写真の良さを生かした構図と、空間を生かした大胆な文字のあしらい方が、全体の緊張感を上手に演出している。さぞかし繊細な美意識を持っているのだと感じました。タイトルデザインの五線譜を見事に捉えた着想と、細かい気の配り方にも好感がもてます。機能性という面から言えば、とても小さくて読めないキャストクレジットなど、実際の現場では修正が必ず入ってしまうものですが、可読性などを超越したグラフィック表現ならではのアプローチがあっても良いのだろうと期待を込めたい作品。前回のワークショップを踏まえて、一人の表現からメインビジュアルを意識した二人の人物像にトライしてもらった今回の作品ですが、応募段階の作品でもティーザービジュアルとして機能出来るものだと思いました。まだまだ若い作者さんなので、今後創作されていく世界観を楽しみにしています」
また、惜しくも優秀賞を逃した4作品も紹介する。
最後に石井さんの総評も紹介する。
「たくさんのご応募ありがとうございました。全体の作品の印象としては、自由に柔軟な発想でトライしていただいた作品も多く、楽しんでつくられた様子がこちらにも伝わってきて、とても嬉しかったです。その上で評価の視点をお伝えすると、観た上で伝えたい本作の作品性や感情があるとして、具体的に表現する方法や手段が突き詰められていなく、どこか迷っている印象の作品が多かったと思います。映画ポスターの要素としては、写真の選定、トリミング、色合い、加工処理、視覚誘導、タイトルロゴ、文字要素の書体選定などがあり、それぞれを本作ならではのオリジナリティやアイディアと調和させ、紙面に落とし込む必要があります。それらが伴ったご褒美として、受け手に対してなにかしらの感情の1/10程度でも共有出来れば良いものです。その割合を少しでも上げるためには、表現の引き出しがとにかく必要で、日頃からどういった形や表現に対して自分の感情が動くのかをまず知る必要があります。それらを体験として重ねることで、ミリ単位の写真トリミングから、微細な形や空間バランス一つで変化する、繊細な感情の差を判別できる様になるのです。20年経った自分もいまでも変わらず行っているように、とにかく数を作って、満足いく印象になるまで決しておごらず客観的に比較分析し、自己研磨し続けるしかありません」
1つの映画作品をそれぞれに解釈し、多様なポスターデザインが生まれた今回のNEXT。参加者の方々の今後の作品に期待したい。また、12月1日から代官山 蔦屋書店にてNEXTを含むPenクリエイター・アワード2023の展示が行われるので、ぜひ足を運んでほしい。