デザイナーとのコラボレーションは腕時計にどんな化学反応をもたらすのか? 2001年からスタートした「イッセイ ミヤケ ウオッチ」プロジェクトで、革新的なモデルを生み出し続ける世界的デザイナー、吉岡徳仁に話を訊いた。
Pen最新号は『腕時計のデザインを語ろう』。腕時計の「デザイン」に焦点を当て、たどってきた歴史やディテールを振り返るとともに、プロダクトとしての魅力をひも解く。同時に、つくり手である人気ブランドのデザイナーにも話を訊いた。デザインの“本質”を知ることで、腕時計はもっと面白くなるはずだ。
『腕時計のデザインを語ろう』
Pen 2023年12月号 ¥950(税込)
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吉岡徳仁⚫︎デザイナー/アーティスト。1967年、佐賀県生まれ。倉俣史朗、三宅一生のもとでデザインを学び、2000年に吉岡徳仁デザイン事務所設立。デザイン、建築、現代美術の領域で活動。代表作は『東京2020オリンピックトーチ』、オルセー美術館の常設展示品『Water Block』など。作品はニューヨーク近代美術館など世界の主要美術館に永久所蔵されている。
「もうデザインが出尽くしたと言われるジャンルに挑戦するのが好きなんです。そんな中にあっても新しい“なにか”を見つけたい」
吉岡徳仁の言葉ににじむプロダクトとしての“可能性”。古今東西、さまざまなモデルが無数に生まれ、基本となるデザインの構成要素は完成の域を見たとも言われる腕時計だが、彼にとっては絶好のデザインの対象なのだろう。
2005年、吉岡が初めて手がけた腕時計「TO(ティーオー)」は、そんな挑戦の成果だった。ソリッドな金属の塊から削り出したかのような存在感。2本の針は回転するディスクの上にあり、通常の腕時計の盤面とは構造も機構もまったく異なっている。
「時計というものに対する根本的な概念からデザインしようと考えた時、針がその枠組みの中心になっていて、足枷になっていると気が付いたんです。それを取り払うために、最初に金属の円盤のようなフォルムをひらめき、素材そのものを活かすことで普遍性をもたせようと考えました」
この「TO」というプロダクトがイッセイ ミヤケ ウオッチから発売されることも、アイデアを練る上で大きな要因だった。吉岡にとってイッセイ ミヤケは、いわば古巣。今年春にオープンした銀座のフラッグシップショップの内装をはじめ、現在まで数々のコラボレーションを重ねてきた。
「イッセイ ミヤケ ウオッチは、いわゆるファッションブランドの腕時計とは違います。革新的なものが求められているから、既存の時計のバリエーションとして考えることはありえません」
同時に吉岡が意識したのは、100年経っても古びないデザインであること。最初は驚きをもって受け入れられ、いつまでも飽きられないものを目指したという。
一方、11年に発表された「O(オー)」は、「TO」とは対照的な姿をした時計だ。このネーミングはフランス語の「Eau」(水)を意味し、そのイメージを反映して透明のマテリアルを大胆に用いた。なめらかな輝きの中に円形の表示部が漂っているように見える。
「透明な時計をつくるアイデアはずっと以前からあり、素材や形状の検証を重ねてようやく完成したのが『O』でした。光の屈折率も3Dで念入りにリサーチして。光そのものを素材にする感覚です」
実は「TO」においても、金属と光の関係を重視していたと吉岡は言う。「O」の製品化のハードルになったのは素材の選択だった。十分な強度、弾力、耐久性、軽量性をもちながら、水のように透き通った素材は限られる。
グリルアミドという樹脂によって、こうした課題をクリアすることができた。この素材は肌に優しく、色彩のアレンジも可能だ。ブルーをはじめとしてこれまでに多くのカラーのモデルが発売されている。
男女兼用の「O」に加え、今年はバングル径のやや小さい「O–Bold(オーボールド)」も登場。幅は約9mm広くなり、よりオブジェのような美しさがある。
「女性向けの時計だからといって幅を狭くするのはイッセイ ミヤケらしくない。ちょうどいいインパクトが生まれました」
時計に限らず、椅子から茶室や大規模なインスタレーションに至るまで、吉岡の作品には〝透明〟が多く用いられてきた。現在開催中の個展『吉岡徳仁 FLAME–ガラスのトーチとモニュメント』でも、透明の炬火台が評判になった。
「デザインに必ずしもカタチは要らないと学生の頃から感じていました。輝き、動き、感触といったカタチのないものこそが心を動かすし、デザインを最大限に表現できる。あとはやはり光ですね。『O』のように光をもたらすものを身に着けることは喜びがあるはず」
両製品は誕生から10年以上が経つが、いずれも色褪せることなく、いまもイッセイ ミヤケ ウオッチの中で圧倒的に支持されているという。かつては似たものが存在しなかったデザインが、ある種のスタンダードになったといえる。
「未来の普通をデザインすることをずっと目指している」と吉岡は言う。彼が示した腕時計の“可能性”。それは、腕時計のデザインにまだ見ぬ未来の余白が十分にあることを教えてくれる。
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