『舟を編む』(2013年)で多くの映画賞を受賞した、石井裕也監督の最新作『愛にイナズマ』が10月27日から公開中だ。主演はドラマや映画、バラエティ番組でも活躍する松岡茉優と、『ある男』(2022年)で日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞した窪田正孝。主演俳優陣だけでも豪華な顔ぶれだが、脇を固めるのは池松壮亮、若葉竜也、そして佐藤浩市。石井裕也監督のもと、日本映画界を引っ張る俳優陣がそろった本作の見どころを紹介する。
主人公の折村花子(松岡茉優)は、幼い頃からの夢だった映画監督デビューを目前に控えている。ふと立ち寄ったバーで、風変りだがどこか魅力的な舘正夫(窪田正孝)と運命的な出会いを果たす。そんな矢先、卑劣なプロデューサーに騙され、花子はすべてを失う。ギャラは支払われず、大切な企画も奪われてしまった。
どん底の花子は正夫から「映画諦めるんですか?」と問われ、「負けませんよ私は」と応じる。反撃を決意した花子は、10年以上音信不通の家族を頼ることに。妻に逃げられた父(佐藤浩市)、口のうまい長男(池松壮亮)、真面目な次男(若葉竜也)。デコボコとした家族が抱える「ある秘密」を暴くため、花子がカメラを回すと、家族は次第に本音をさらけ出す。「ある秘密」が明らかになるにつれ、事態は思いもよらない方向に進んでいく……。
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まず、家族みんなが一軒家に集まるシーンが見ものだ。石井裕也監督は、「一流の俳優たちの凄みに圧倒され、撮りながら笑い転げ、本当に幸せでした」と語る。一流の俳優陣たちが真剣勝負で臨んだ演技合戦から目が離せない。それぞれの登場人物たちの立ち振る舞いから、性格や家族のなかの立ち位置が分かるのが面白い。セリフの量も多く、テンポのいい会話劇は見ているだけで幸福になる。
本作は、監督がコロナ禍での経験をきっかけに制作を决め、コロナ禍が通奏低音として流れている。窪田正孝演じる舘正夫は、「アベノマスク」を常時着けている変わり者。「アベノマスク」を見て懐かしくなるほど、コロナ禍の記憶が遠ざかりつつあるのに驚くが、これは「時代の証言」だ。マスクを着けるか、外すか。その選択ひとつが、相手との心理的距離を表す。そんな時代が3年間、確かにあったのだ。本作は「コロナ禍の記憶」を刻んだ映画として、将来、貴重な記録になるかもしれない。
コロナ禍では、「三密(密閉・密集・密接)」を避けることが推奨された。この作品でキモとなる「ハグ」はまさに「三密」の最たるものである。
「三密」がない世の中は恐ろしい。人の血が通っていない。この映画は人の血が要所要所で出てくる。「三密」のシーンがクライマックスになってもいる。正しい意味で「アフターコロナ」の映画だ。コロナ禍から「アフターコロナ」へ、そんな社会的経験が映画には反映されている。懐かしい気持ちとともに、「コロナ禍が終わってよかったな」と思うはずだ。
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父の友人役を演じた益岡徹は「一回だけの人生、なにか苦しいことがあっても、ひとりで抱え込むことはない。家族や友人だけではない、助けてくれる誰かは、味方になってくれる誰かは、きっといる、大丈夫だと、人が人と関わることをぼんやりと忘れてしまってたことを思い出させてくれました」と語っている。
益岡徹の言葉が映画をすべて物語っているだろう。コロナ禍を経たからこそ実感できる言葉だ。夢を奪われた主人公の花子は泣き寝入りせず、闘うことを選ぶ。その時、家族や友人、そばにいる誰かが味方になってくれた。
少し青臭い主人公がとにかくチャーミングで、人の血が存分に通った映画『愛にイナズマ』。ぜひ劇場で鑑賞してみてほしい。
『愛にイナズマ』
監督・脚本/石井裕也
出演/松岡茉優、窪田正孝ほか 2023年 日本映画
10月27日より絶賛公開中
https://ainiinazuma.jp