アイナ・ジ・エンドは、まさにいま新たな挑戦の只中にいる。8年にわたって在籍した「楽器を持たないパンクバンド」BiSHが今年6月をもって解散。ソロミュージシャンとしての活動に加え、岩井俊二監督の新作『キリエのうた』では映画初主演を果たした。「人と似た表現になるなら、自分は観ているほうが好き。どうせつくるんだったら“唯一”を生み出せるように努力したい」と信条を語る。『キリエのうた』のオファーが届いたのは、BiSHの全国ツアーのタイミングだった。
「私にとって、ひとりの夜を越えるために映画は必要なものです。岩井さんの作品は初期の『PiCNiC』くらいから観ていて大好きですし、まさか出る側に回るとは思いもしませんでした。出演を決めた当初は『演技学校に通ってみようかな』と思っていたくらいですが、解散に向けた怒涛の日々が始まって、そんな余裕はなくなりました。曲作りも行っていたのであっという間に時間が過ぎ、撮影日が来て、正直不安に感じる時間もありませんでした」
多忙を極めるなかで、岩井組の優しさや共演者に助けられたという。なかでも、アイナが演じる路上ミュージシャン、キリエ/路花のマネジャーとして特別な絆を結ぶイッコ役の広瀬すずには、限りない恩を感じている。
「すずちゃんは本当に凄い人で、周りを巻き込んで、引き出す芝居をしてくれます。『キリエになるしかない』と思えるような感覚でセリフを投げかけてくれるから、私も自然と演じることができました。自分が芝居をしていると思うこともなかったくらい。キリエと自分に重なる部分が多かったのも、大きいと思います。私も高校時代に人とあまり話せなくなって学校に行かなくなり、本ばかり読んでいる時期があったので、気持ちがわかりますし、『唄っている時だけ生きた心地がする』というセリフにも共感できました」
アイナが本作で演じたキリエ/路花はギターを片手にさすらう路上ミュージシャン。「楽器を持っての歌唱もギターでの曲作りもほぼしたことがなかった」というアイナだが、6曲もの劇中曲を制作。芝居に加えて、魂の叫びが刻み付けられたようなライブパフォーマンスで観る者を呑み込む。
「曲作りは、まずギターを握って自分の好きな音を探すところから始まりました。コードは詳しくないので“この音が並ぶと気持ちいい”を録音して、ギターを弾ける友だちに『これはDmっていうんだよ』と教えてもらいながらメロディーにしていく作業でした」
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アイナ・ジ・エンドではなく、キリエとして作詞をした
興味深いのは歌詞を自身でなくキリエ/路花として書いていたというエピソード。彼女の「演じる」はスクリーンの中にとどまらない。
「キリエは小学生からうまく言葉が発せなくなったので、きっと簡単な日本語しか知らないはず。自分の曲であれば、たとえば“楽しい”を表現する時に〝華々しい時間〞という言い回しをするかもしれないけど、今回は楽しい、うれしい、悲しい、寂しい、といったストレートな言葉を使っています」
松村北斗との共演シーンでは、15分もの自由演技にも臨んだ。『キリエのうた』を機に「いままでの自分から逸脱した表現」を試みているというアイナ。そんな彼女はいま、軽やかに次なるステージを楽しんでいる。
いままでは歌以外に自分の存在意義を感じられませんでしたが、岩井さんに視界を広げていただき、またお芝居したいと思えました。あとは4歳からコンテンポラリーダンスを続けているので、誰かのMVで踊りたいし、この前も本屋さんで25冊も買ったくらい本も大好きだから、いつか帯コメントを書いてみたいです。誰かと一緒にものをつくりたいですね」
「遅まきながら社会人デビューした感覚です。どこに行っても背筋をピンとしなきゃ!という自覚が芽生えました」と語るアイナ。その未知なる第2章は、まだ始まったばかりだ。
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WORKS
映画『キリエのうた』
歌うことでしか声が出せない路上ミュージシャン・キリエを中心に、男女4人の人生が交錯する13年間の物語。岩井俊二が監督を務め、アイナ・ジ・エンド、松村北斗、黒木華、広瀬すずが出演。10月13日より劇場公開。
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アルバム『DEBUT』
アイナ・ジ・エンドが『キリエのうた』で演じたKyrie名義によるアルバム。映画主題歌「キリエ・憐れみの讃歌」を含む構成となっており、すべての楽曲を小林武史がサウンドプロデュースした。10月18日、avex traxよりリリース。
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シングル「宝石の日々」
TVアニメ『機動戦士ガンダム 水星の魔女』Season2最終回の挿入歌として作詞作曲し、2023年7月にデジタルシングルとしてリリース。なお、アイナは同作のエンディングテーマ「Red: birthmark」もリリースしている。
※この記事はPen 2023年11月号より再編集した記事です。