ニューヨークを拠点とするアーティスト、松山智一の日本初となる公立美術館での大規模な個展『松山智一展:雪月花のとき』が、弘前れんが倉庫美術館で10月27日からスタートする(会期は来年3月17日まで)。
日本や中国、ヨーロッパなどの伝統的な絵画の技法やモチーフを援用すると同時に、ファッション誌の切り抜きや広告、ブランドロゴなど多様なイメージをサンプリングして手がける現代絵画で国際的に活躍する松山。ニューヨークはソーホー地区のバワリーミューラルで手がけた巨大壁画を2019年に、新宿東口駅前広場のパブリックアート作品『花尾』を2020年に発表するなど、大規模なパブリックアート作品でも知られる彼が、かつてシードルの倉庫とした建物をリノベートした美術館でどのような展示を行うのだろうか。展示タイトルについて次のように話す。
「日本語で情感的なものを伝えられる『雪月花のとき』という言葉を選び、英語のタイトルにはFictional Landscape(架空の景色)という、自身の作品シリーズのタイトルであり、作風を象徴するような意味を込めました。青森はこれから雪が降り始め、桜が咲くころまで個展が続くので、日本ならではの季節のうつろいがもたらす世界に没入していただければと思いますし、さまざまなイメージをマッシュアップして架空の景色を描く、僕の作風に興味を持っていただければ嬉しいと考えています」
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祈りをかたちにした彫刻作品は、ゆずとの仕事から誕生。
会場に入ると、松山の代表的な作風を伝えるべく、色鮮やかな絵画作品が出迎えてくれる。しかしそれ一辺倒になることはなく、すぐに次の部屋には立体作品が展示されるように、予想を裏切るかたちで作品が展開していくのも展示構成の特徴となる。日本で初公開となる最新作の立体作品のひとつからは、さまざまなイメージをサンプリングする方法論で、古今東西の要素がリミックスされた独自の世界を生み出す松山らしさが、新たなかたちを生み出していることが感じられる。京都の截金(きりがね)職人による文様の截金伝統技法とFRPにポリウレタン塗装という、新旧の彫刻技法を融合させて完成させた『This is What It Feels Like Ed.2』だ。
そして、あるミュージシャンとのコラボレーションから誕生した彫刻作品も展示される。
「昨年1年間、歌手のゆずの全国ツアーに参加させていただきました。最初はデビュー25周年のアルバムのデザインを依頼されたのですが、話が広がり、舞台美術と演出を手がけさせてもらいました。ピカソやジャン・コクトーがそうした仕事をしてきたことがどのような影響力をもっているかを知っていますし、ニューヨークシティバレエなどがビジュアルアーティストとコラボレーションしてきたのも見てきましたから、イマーシブな経験を提供できる場をゆずと一緒につくりあげました。
ステージのクリエイティブ・ディレクションを担当させていただき、中央には高さ12メートルの彫刻を鎮座、LEDの映像も組み合わせるようなデザインをしました。その中央の彫刻が、『Mother Other』という女神像なのですが、マザーというのが我々を見守る存在で、アザーには、コロナ禍を経た環境で改めて他者と自分の接点をつくるという意味を込めました。ステージの一過性の装置としてだけではなく、ディテールの完成度をさらに高め、彫刻としてかたちにした作品を今回展示します」
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東洋的思想と西洋的表現の融合。
洋の東西を問わず時代を超えたアートに関するリサーチをライフワークとし、作品制作の裏付けとする松山は、この作品に日本の仏像文化を反映させた。人の容姿の美しさを超えたところにドラマティックなものを表現する西洋的な彫刻とは異なる、祈りの対象としての彫刻だ。そして、コロナ禍を経て手がけた絵画作品の大作も、今回の個展の見どころのひとつとなっている。60 x 60cmのキャンバスを組み合わせた作品だ。コロナ禍で展示のために来日していた2020年3月、ロックダウンしたニューヨークに戻れなくなったことが制作の契機となったという。
「ニューヨークはロックダウンで行動制限が厳しくて、うちのスタッフも身動きが取れない状況だったので、東京で画材を大量に買ってスタッフそれぞれの自宅に送りました。1日それぞれが自室で作業をして、時間を見てリモートでビデオ通話して、こんな状況だからこそ時世を反映した何かをつくろうと。みんな賛同してくれて、僕が最初にスケッチを仕上げてそこから個別につくることにしました。グリッド化されたカラーフィールドに、無数の鳥の姿がグラフィカルに重なっているような作品です。
個展会場では、2020年に明治神宮で展示した、鹿のツノをモチーフに制作した立体作品『Wheels of Fortune』と同じスペースに展示される。神道において神の使いとして知られる鹿の神聖な側面と、車のホイールが象徴する物質主義の側面を内包したこの作品は鏡面仕上げとなっており、カラフルな鳥たちが映り込むようにして空間で光を放つはずだ。田根剛がリノベーション設計を行った独自の展示環境と、古今東西のイメージが入り混じり、鮮やかな色彩で表現される松山の作品世界との融合に期待が高まる。
「建築自体に強い魅力があり、建物の色気が出ているような設計の美術館は珍しいですよね。建築家の田根剛さんがデザインされていて、新しい目線でスペースをつくっている。元の倉庫の構造を生かして、展示室をひとつずつたどっていくような設計になっていて、大きな2階の吹き抜けスペースもあるので、複数の空間をつなぐ展示でどのような物語を紡げるのか、個展のやりがいが非常に大きい美術館だと感じています」
松山智一展:雪月花のとき
開催期間:2023年10月27日(金)〜2024年3月17日(日)
開催場所:弘前れんが倉庫美術館
青森県弘前市吉野町2-1
TEL:0172-32-8950
開館時間:9時〜17時
※展示室入場は閉館の30分前まで
休館日:火曜日、2023年12月25日〜2024年1月1日
※1月2日、3日は開館
入館料:一般¥1,300
https://www.hirosaki-moca.jp