今月のおすすめ映画①『シック・オブ・マイセルフ』
最低最悪のヒロインが誕生! SNSにはびこる現代病を風刺する
ヨアキム・トリアー監督によるノルウェー映画のヒット作『わたしは最悪。』と同じ製作陣で撮られた『シック・オブ・マイセルフ』は、また新たな「最低で最悪のヒロイン」を生み出した。宣伝のキャッチコピーでは「承認欲求モンスター」と表現される、本作の主人公シグネ。カフェの店員として平凡な日常に甘んじていたところ、犬に襲われている女性を助けたことを契機に、世間からの関心を集めることに躍起になってゆく。味を占めたシグネの欲望は次第に加速してゆき、わざと肌に異常をきたす副作用をもつ薬物にまで手を出してしまう。やがて、その姿でメディアからの注目を集めるようになっていくが……。
恋人のトーマスはアーティストとして活動するが、窃盗の常習犯でもある。一見仲睦まじいカップルに見えるこのふたりは、実は水面下では常にお互いに嫉妬しながら、競い合っている。映画の導入部、レストランでの誕生日サプライズのシーンに漂う妙に気まずい弛緩した時間は、同じくセレブリティや名声をテーマにしたリューベン・オストルンド監督の『逆転のトライアングル』におけるカリカチュアを、彷彿とさせるだろう。
シグネが女性を助ける際に全身に付着したおびただしい血を、拭き取らずに家まで帰り、恋人が気づくまでそのままにしておく姿などは、ケガや病気で誰かから心配されることにうっすらうれしさと快感を覚えてしまう、私たちの共感性羞恥心をくすぐってくるに違いない。
病的なまでの自己愛や同情を引くための自作自演、蔓延する被害者意識の暴走といった現代病を見事な風刺劇に昇華させた『シック・オブ・マイセルフ』は、私たちがソーシャルメディアへなんの気なしに投稿しようとしていたその指を一瞬、躊躇させるかもしれない。
『シック・オブ・マイセルフ』
監督/クリストファー・ボルグリ
出演/クリスティン・クヤトゥ・ソープ 、エイリック・セザーほか
2022年 ノルウェー・スウェーデン・デンマーク・フランス映画 1時間37分 10/13より新宿武蔵野館ほかにて公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。
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今月のおすすめ映画②『ヨーロッパ新世紀』
小さな村で起こった紛争を描く、パルム・ドール受賞監督の問題作
妊娠中絶が禁止されていたルーマニアで闇医者にかかる女性ふたりを追った『4ヶ月、3週と2日』で、カンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞したクリスティアン・ムンジウによる新作は、同じくルーマニアの閉塞的な村が舞台。地元のパン工場に外国人労働者が雇われたことで、村人たちの「よそ者」に対する反発が過熱化してゆく。ワンシーン・ワンテイクの撮影にこだわる監督の作家性が遺憾なく発揮された、議論飛び交う集会シーンの長回しは圧巻だ。
『ヨーロッパ新世紀』
監督/クリスティアン・ムンジウ
出演/マリン・グリゴーレ、エディット・スターテほか
2022年 ルーマニア・フランス・ベルギー合作映画 2時間7分 10/14よりユーロスペースほかにて公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。
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今月のおすすめ映画③『愛にイナズマ』
夢を奪われた新人監督を通して、観客にどう生きるべきかを問う
自伝映画を撮ろうとしていた新人監督の花子は悪徳プロデューサーに騙され、キャリアを潰されてしまう。俳優志望だった正夫と運命的な出逢いを果たし、ふたりは夢を諦めないと誓い合う。花子は映画を撮るため疎遠の家族を招集するが、父親は秘密を隠していた……。石井裕也監督は近作『茜色に焼かれる』でもコロナ禍の日本社会を克明にフィルムに刻んだ。本作では、顔も心も隠していた私たちが「どう生きるべきか」という問いを投げかける。
『愛にイナズマ』
監督/石井裕也
出演/松岡茉優、窪田正孝ほか
2023年 日本映画 2時間20 分 10/27よりヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。
※この記事はPen 2023年11月号より再編集した記事です。