磁気が多い現場で働くエンジニアのために1955年に生まれたIWCの耐磁時計「インヂュニア」をルーツにもち、76年にジェラルド・ジェンタがデザインしたのが「インヂュニアSL」だ。そして2023年、このモデルの正常進化版ともいえるIWC「インヂュニア・オートマティック 40」が登場し、時計好きを賑わしている。ファッションブランド、ホワイトマウンテニアリングのデザイナーである相澤陽介もそのひとりだ。彼はなぜこの時計に惹かれたのか。また伝説のデザイナー、ジェラルド・ジェンタへの想いなど、じっくりと語ってもらった。
思わず引き寄せられた、アクアカラーのインヂュニア
「自分がコレクションしている時計に、明確な傾向はありません。ブランドもバラバラですし、ほとんど直感で選んできました。IWCの『インヂュニア・オートマティック 40』のアクアダイヤルは発表直後にブティックを訪れて拝見し、オーダーを入れています。そもそもジェラルド・ジェンタがデザインした1976年の『インヂュニアSL』には、ずっと惹かれていました。もし新しいインヂュニアがブラックやホワイトのダイヤルだけだったら、ヴィンテージウォッチのほうを探していたかもしれません。それくらい、このカラーが印象的でした」と相澤。
オーダーをした時計はまだ相澤の手元に届いていないが、今回はこの取材のために、IWCが「インヂュニア・オートマティック 40」のアクアダイヤルを特別に用意。久々に腕に乗せてみる。
「ジェラルド・ジェンタが『インヂュニアSL』をデザインした1970年代は、クオーツ時計の隆盛によってスイス時計業界が右往左往していた頃。そういう時代だからこそ、デザイナー自身が自分のテーマと時代背景をどう合わせていくかというチャレンジがしやすかったのかもしれません。ジェラルド・ジェンタはこの時代にさまざまな傑作時計をデザインしましたが、特に『インヂュニアSL』にはシンプルな美しさを感じますし、この『インヂュニア・オートマティック 40』にも同様のシンプルさを感じる。自分のコレクションの中に、すっと馴染む時計ですね」
今年の新作となる「インヂュニア・オートマティック 40」の開発は、もしもいまジェラルド・ジェンタが存命なら、インヂュニアをどうデザインしただろうかという意図を読み解くことから始まったという。当時は不可能だった薄型ムーブメントを採用したことで、耐磁ケースながら10.7㎜という薄さを実現。また「インヂュニアSL」の外見上の特徴となっていたモデルごとに位置が不揃いなベゼルの5つの穴も、左右対称の穴としてデザイン化された。
「そういったディテールの変更は、時計愛好家には大きな関心事でしょう。でも僕にとって大切なのは、やっぱりデザインやフォルムの進化ですね。実際に着用すると、やはりこの薄さがいい。シンプルでそっけなく、ともすれば自己満足な時計かもしれません。しかしIWCというブランド自体が、これ見よがしではないし、華美さはない。時計が独り歩きしないところも、好ましいところだと思います」
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目的を考え抜くことで、優れたデザインが生まれる
そもそも「インヂュニア」は、1955年にエンジニアのための耐磁時計として生まれた。そして76年、ジェラルド・ジェンタがシンボリックなデザインを加えた。今日の「インヂュニア・オートマティック 40」も耐磁性能を継承しており、磁気を発する機器に囲まれた現代人の生活にもフィットする。「インヂュニア・オートマティック 40」はデザインだけでなく、機能性や実用性も強く意識した時計なのだ。
「機能性とデザイン性を併せもつには、プロダクトのデザインプロセスと『実際に自分が使うなら』という観点が分離してはいけません。自分がつくる服(ホワイトマウンテニアリング)は、どういうロケーションで、なんのために着るのかという“目的”がデザインの一番初めにあって、それを時代に合わせていきます。ファッションのデザインにはいろいろな方法論がありますが、なんとなく流行っているとか、マーケティング的な視点だけで目的を考えずにデザインされたものは、どうしてもチープに見えてしまいます」
「たとえば企業からの依頼でユニフォームをデザインするときは、目的が明確なのでアイデアは出しやすい。しかし、あくまでその企業の人が着るものであり、自分が着るわけではないので、デザインの能力以上にブランディングやディレクションの能力が問われます。企画をジャッジする人にとっては、企業価値を上げるPR効果も重要になってくる。でも実際にユニフォームを着る人にとっては、機能性や使い勝手も大切。その両方の思いを掬い取りつつ、デザイナーとしての個性を出さなければいけない。入口は簡単ですが、出口がすごく遠いのです」
しかし、密にコミュニケーションをとりながらディレクションしていく企業との仕事は、デザイナーという枠だけでは経験できないことも多い。
「ジェラルド・ジェンタもIWCをはじめ、数多くのブランドと仕事をしてきました。それだけ縦横無尽に動けたというのは、相当ディレクション能力が高く、イメージの具体化ができる人だったのでしょう。彼は多作でもあったそうですね。僕自身も多くのデザインを手がけることが自分の成長を促すと考えています。企業の仕事を受ける理由のひとつは、得られる学びが大きいから。携わり方が変わると幅広く物事が見えるようになり、インプットの幅も広がっていきます」
ファッションであっても時計であっても、クリエイティブな仕事には良質なインプットが必要だ。それは仕事の幅を広げ、さまざまな目線をもつことで叶えられるのだ。
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変化する時代の中でも、決して変わらないもの
移り気な時代の中で、長く愛され続けるデザインを生むのは非常に難しいことである。
「ホワイトマウンテニアリングは、ブランドが始まった17年前からまったくコンセプトは変わっていません。そのころは、もっとモードなスタイルが主流だったので、アウトドアなんて箸にも棒にも引っかからなかった。でも17年経つと、世のトレンドがアウトドアやスポーツウエアへとシフトしてきた。面白いですよね。ジェラルド・ジェンタも長い間、時計のデザイナーとして第一線で活躍していました。彼が世の中に出た1970~80年代は建築やグラフィックも含めて、デザイン史の中でいちばん面白い時期だと思います。しかも彼はさまざまな企業と仕事をすることで、たくさんのことを吸収した。流れにしっかり乗りつつ、自己主張する。デザイナーとして、面白い生き方ですよね」
「IWCのインヂュニアは何十年も続いているコレクションであり、いうなれば古典の域に入っています。それはすなわち、プロダクトとしての変わらない魅力があるということでしょう。僕にとって高級時計は、自己満足の世界でいい。自分が本当に好きだからこの時計を選ぶという考えに、いまいちばん近いのが『インヂュニア・オートマティック 40』です」
相澤がオーダーしたアクアダイヤルは、世界的に人気が高く、まだ手元には届いていない。「カジュアルに使いたいですね。もちろんジャケットスタイルにも合うと思いますし、バイクに乗るときだっていい」とほほ笑む。
「インヂュニア・オートマティック 40」と過ごすこれからを想像しながら待つ時間もまた、時計を楽しむ醍醐味の一部なのである。
IWC
TEL:0120-05-1868
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