ファッションシーンは、この10年ほどであっという間に書き換えられた。スター性のあるクリエイティブ・ディレクターが登場した2010年代。この時期の象徴的な出来事と彼らの功績を振り返りながら、現在、そして未来へつながるファッションの文脈をひも解きたい。Pen最新号、2023年秋冬ファッション特集『時代を超える服』より抜粋して掲載する。
Pen最新号は、2023年秋冬ファッション特集『時代を超える服』。新作でありながら、時代を超えた魅力を放ち、心をくすぐる服に注目し、さらに最新トレンドのクワイエット・ラグジュアリー、一歩先のジェンダーレススタイルまでを紹介。過去と現在、未来を行き来しながら、気になるファッションの“いま”を解き明かす。
2023年秋冬ファッション特集『時代を超える服』
Pen 2023年11月号 ¥990(税込)
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2010年代を牽引した、カニエ・ウェストの才能
2010年代のハイファッションは祝祭のごとき様相を呈していた。バレンシアガのアーティスティック・ディレクター(以下AD)であるデムナ、ロエベのクリエイティブ・ディレクター(以下CD)のジョナサン・アンダーソン、ルイ・ヴィトンの前メンズADであるヴァージル・アブローらが野心的なコレクションを発表し大きなバズを呼ぶ。オンラインで気軽にランウェイが見られる環境も手伝い、ハイファッションの民主化が一気に進んだ。
本稿ではその文脈を掘り起こすべく、3人の識者から証言を得た。1人目は、デザインだけでなくブランドの経営も含めた周辺状況に詳しいクリエイティブ・ディレクターの小石祐介。2人目は、販売やバイイングの現場でシーンの流れを目撃してきたファッション・キュレーターのPOGGY。そして3人目は、ポップカルチャーの動きを追い続ける映画・音楽ジャーナリストの宇野維正。3人の目に、当時の状況はどのように映っていたのだろうか。
カニエの功績を引き継いだ、ヴァージルという存在
まず、10年代を語る上で欠かせない人物として、全員が名を挙げたのがカニエ・ウェストである。
「カニエは10年代以降最も優れたクリエイターだと思っています。ミュージシャンが立ち上げたブランドがファッション史にまで影響を与えたという前例はない。彼のもとで働いていたヴァージル、マシュー・ウィリアムズ(ジバンシィのCD)然り、彼がフックアップした人ともの、そしてスニーカーブームを考えると、10年代中盤から後半までの歴史をつくったといっても過言ではありません」と語るのは小石だ。
イージーギャップをはじめカニエがデザインした服やスニーカーを愛用している宇野も、「カルチャー全体を見渡してもカニエの才能は別格」だと断言する。
「言動が炎上する中で、彼がどれだけ真摯にファッションやデザインを学んできたかにも着目してほしい。09年からフェンディでインターンをしたり、近年は日本でも建築物を視察したりと、宗教も含めて世のすべてをリデザインしようという情熱がすさまじい」
その起点となる出来事について、POGGYはこう解説する。
「当時、エレクトロとヒップホップがつながったことでラッパーの格好が細身にモダナイズされ始めたんですが、09年にカニエがクルーを引き連れてパリコレの会場に現れたことが決定打でした。その後エイサップ・ロッキーなどの次世代がストリートウエアに身を包んでも全身黒にするなどモードな格好を意識するようになり、パリコレのアメリカ化が加速します」
パイオニアとしてのカニエ。功績は、彼の創作面での相棒だったヴァージルへ引き継がれていく。その文脈を知るには「ニューガーズグループの存在が重要」とPOGGYは言う。
「創始者のふたりはDJとして高い知名度があったマルセロ・ブロンをチームに引き入れ、彼の才能を活かしつつ生産を請け負ってブランドを築き上げた。服の専門家とポップアイコンが組んだことで、アイデア勝負だったストリートウエアの質が向上したんです。そんなマルセロが14年に来日した際、一緒にいたGR8の久保光博さんも含めて全員がいちばん面白い人物として挙げていたのが、ヴァージル。その後、(ヴァージル率いる)オフホワイトが同グループに参画し、ラグジュアリーストリートを浸透させます」
そのヴァージルの意志を引き継いだのが、宇野いわく「音楽プロデューサーという点では、もしかするとカニエ以上に革新的であり続けている」というファレル・ウィリアムス。音楽で頂点を極めた彼がファッションでなにをやるのか。初ショーはパリ最古の橋、ポン・ヌフで開催された。小石はその印象をこう語る。
「規模と、ポン・ヌフを通行止めにする政治力がすごいなと。LVMHの巨大資本を巧みに使って強く明快なメッセージを届ける点ではヴァージルに通じます。なかには『服のかたちが普通でつまらない』と批判したジャーナリストもいましたが、そんな声をかき消すほどのインパクトがありました」
ストリートスナップとインスタグラムの登場
ここで押さえておきたいポイントがある。裏原宿だ。カニエやヴァージルはこの90年代の局所的なムーブメントからの影響を公言しており、そこを原点とするNIGOはケンゾーのADに抜擢された。POGGYも、そんな裏原宿に感化されたひとりである。
「裏原宿といえばグラフィック。その流れがヴァージルを通してメゾンにも入り込んでいく。現在はVERDY君がその舞台で活躍しています。また、アーカイブを深くひも解いて新しいものにつくり替えるのも日本人ならでは。NIGOさんが手がけるケンゾーのコレクションもヴィンテージのディテールの応酬です。実物をご自身でコレクションされているからこその説得力がありました」
ヨーロッパのメゾンがストリートカルチャーを養分にして市場を伸ばした10年代、一般の人々の格好にも変革が起こる。そこには業界を賑わせていたストリートスナップが大きく関わっている。
自身もスナップの常連だったPOGGYは「トミー・トンなどのストリートフォトグラファーによって、表に出なかった個人の着こなしが世界中に発信されていく。そこから多くのスタイルアイコンが誕生しました」と話す。
その点、小石の見方はこうだ。
「10年代の狂騒の起点になったのは、インスタグラムの登場。これまで大きな話題といえば、『エディ・スリマンがサンローラン就任』のような業界内輪のものでした。しかし、16年には世界人口の約10 %がインスタグラムのユーザーになります。カニエらの成功、また16年に登場したブラックピンクの強力なプレゼンスはこれと無縁ではないはず。このあたりから消費者寄りの人たちが強い影響力をもち始め、逆に消費者として発信力がないジャーナリストの権威は弱まる一方です」
そもそも、あの10年間になぜ多種多様な文化が混在し、刺激的なクリエイションが生まれたのだろうか。そこには政治的な力学も働いていたと小石は話す。
トランプ政権に対する、カウンター・カルチャー
「ドナルド・トランプの存在は大きい。彼が大統領に就任し、世界中の人々が嫌でも彼の顔を毎日ニュースで見るようになると、カウンター・カルチャーが盛り上がりました。エコロジー、マイノリティ・カルチャーなど『トランプ的なものの逆にあるもの』はすべてカウンターの前衛になります。また、アメリカのヤバい現状を否定する=旧ソ連系のブランドを着るというメッセージが生まれ、その中でヴェトモンやゴーシャ・ラブチンスキーの人気が高まります。問題だらけの権力者が表に出て人間サンドバッグになる乱世に、いろんなものが溶け合ってクリエイションが加速するんです」
では、ロゴ文化への反動としての「クワイエット・ラグジュアリー(控えめな見た目だが実は高品質な服)」が盛り上がり、その元祖ともいえるフィービー・ファイロ(セリーヌの元CD)が復活を宣言した、いまはどうだろうか。
「くしくも彼女の全盛期はオバマ政権でした。当時もそうでしたが、いまは各々がコミュニティの壁の中で生きる世界が戻ってきた気がします。金持ち喧嘩せず、沈黙は金。でも格差は強烈。だからこそ僕は、その状況でも誰にでも伝わる共通言語、壁抜けするものをつくる動きに惹かれます。ファレルもそうかもしれない」
エンタメ業界における、ファッションの影響力
そうしてファッションが周囲に与える影響は強大なものとなった。映画と音楽を本業としてきた宇野もその勢いを強く感じていた。
「象徴的なのは、音楽家として特別な才能をもつリアーナとフランク・オーシャンが、ファッションやジュエリーのビジネスにシフトしたこと。16年以降アルバムを1枚も出してないのに、本人たちの存在感は高まる一方。いまや音楽業界においても、ファッションが上位概念になりました」
さらに宇野は「映画でも同じことがいえる」と続ける。
「ティモシー・シャラメにしてもゼンデイヤにしても、あれほどの人気俳優ならかつてのトム・クルーズのようにハリウッド大作にバンバン出演しているはず。でもふたりはファッションの仕事で露出が担保されているから、自分のブランドを損なうような大作にはあまり出ようとしません」
現在のファッション業界は、あらゆる分野の才能を巻き込む巨大装置となった。ではこれから、どんな人たちがファッションの舞台に立つのか。最後にPOGGYが夢のある話を披露してくれた。
「今後もポップアイコンとして力をもつ人たちがメゾンに起用される可能性は高い。そこで頭に浮かんだのは、大友克洋さんや鳥山明さん。VRゴーグルを通してランウェイを見るとモデルの横にAKIRAや孫悟空が歩いている……そんなことが実現したら最高じゃないですか。僕は集英社や講談社を日本のLVMH、ケリングだと思っています。ミュージシャンの次にファッションを変えるのは、もしかすると日本が世界に誇る漫画家かもしれません」
宇野維正
Koremasa Uno
映画・音楽ジャーナリスト。『ロッキング・オン・ジャパン』などの編集部を経て独立。近著に『ハリウッド映画の終焉』がある。YouTubeで「MOVIE DRIVER」を更新中。
POGGY
Poggy
ファッション・キュレーター。ユナイテッドアローズ在籍時に「リカー、ウーマン&ティアーズ」と「UA&サンズ」を立ち上げ、独立後はブランドのディレクションなどを手がける。
小石祐介
Yusuke Koishi
クラインシュタイン代表。コム デギャルソンを経て、現在は国内外のブランドのプロデュースやコンサルティングに加えて、キュレーションや評論・執筆活動も行う。
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