今週末に幕を開ける「KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2023」。チェルフィッチュや、タイ・バンコクから来日するウィチャヤ・アータマートの新作公演などを皮切りに、9月30日から10月22日までの約3週間にわたって世界各地から先鋭的なアーティストを迎え、ダンス、演劇、音楽、美術といったジャンルを越境した実験的作品を紹介するフェスティバルだ。文化庁芸術祭審査委員をはじめ舞台芸術の審査委員も務めるダンス研究者の富田大介が解説する。
まもなくKYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2023がはじまる。「KEX」の愛称で知られるこの舞台芸術祭は、現代の先鋭的な作品の上演(Shows)のプログラムとならんで、開催地である関西圏の歴史や風土を探るリサーチプログラム(Kansai Studies)や、今後の私たちを思惟することを狙いとしたワークショッププログラム(Super Knowledge for the Future)もある。
人がいまを感じ、過去を知り、未来を考える。そうしたことにKEXは自覚的で、その名の通り、京都の磁場を活かしながら──つまりここをひとつの実験場として──新たなエートスを醸成しようとしている。
キーワードのセンスも光る。今年は「まぜまぜ」、去年は「ニューてくてく」、その前は「もしもし?!」。私たちが幼い頃によく使った、そして童心を知る詩人が好んで使う、動作とともにあって柔らかくまた少し怖い気もする言葉によって、この祭りは人の振る舞いを編み直そうとしている。
催事のディレクターをコレクティブにするのも今日の感受性によるものだろう。川崎陽子、塚原悠也、ジュリエット・礼子・ナップの3人からなる今回のディレクターズ・メッセージは、そのキーワード「まぜまぜ」から、各人の思ったことを伝えているが、3人ともに言語や言葉へと意を払いながら書き連ねているのは興味深い。
そんな彼らが選んだプログラムの中には、岡田利規主宰のチェルフィッチュの新作『宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓』がある。
本作は「舞台はある国が消滅したあとの世界。文化を残すというミッションを掲げ、宇宙船イン・ビトゥイーン号に、4人の乗組員と1体のアンドロイドが乗り込んだ」という設定らしいが、創作のスタートは、岡田が「日本語を母語としない俳優が、発音や文法が『正しくない』という理由で、演技力を評価されない日本演劇のありように着目〔中略〕演劇における日本語の可能性をひらくことを目指し、ノン・ネイティブ日本語話者との協働プロジェクトを始動」してつくり上げたそうである。
私見では、このような協働プロジェクトは、俳優をコントロールしすぎる作家には(絵画のいわば「窓」のようなイメージで自分の世界をつくろうとする演出家には)成し遂げられない。
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上のようないわば共時的なアプローチもあれば、他方でトランスミッションに関わる通時的なワークもある。ルース・チャイルズ&ルシンダ・チャイルズの『ルシンダ・チャイルズ1970年代初期作品集』がそれだ。KEXの紹介文には次のようにある。
「ポストモダンダンスの源流を、伝説となった世代から現代へ継承することはできるのか? KYOTO EXPERIMENT 2022で始動した、ヴァン クリーフ&アーペル『Dance Reflections』とのコラボレーションプロジェクト。第2弾はポストモダンダンスの巨匠振付家、ルシンダ・チャイルズの作品を現代に蘇らせる、姪で新進気鋭の振付家、ルース・チャイルズを招聘する」
毎週、京都へ行かねばと思わせるShowsのプログラムだ。この欄で少し紹介するだけでも、東九条のコミュニティカフェほっこりを受付として始まるイ・ランのオーディオ・パフォーマンスや、案内文の見出しに「愛する “匂い” と身体が交じり合うとき」とある山内祥太とマキ・ウエダの微妙なタイトル作品『汗と油のチーズのように酸っぱいジュース』、また2年前の『フリーウェイ・ダンス』で踊り場の造形とともに自身の踊る姿をもってKEXの観客を虜にした中間アヤカの新作など、私たちの聴覚や嗅覚、体性感覚を通常から別様へと誘導するエクスペリメントが待っている。
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そしてそもそも「アイデンティティの『まぜまぜ』は可能か?」という祭りのキーワードを内側から問う哲学的なワークショップもある。おそらく京都の魅力とは、こうした企画を「おもろい」と軽やかに行えることだろう。
共同ディレクターのひとり、川崎陽子は「──東京ではない、京都のフェスティバルである、ということについては、どう考えていますか」との質問にこう応えていたことがあった。
「観客の許容範囲が広くて『東京だったらどうかなあ』ということもやれてしまう。伝統的にリベラルな気風があって、性的なことや政治的なことも受け入れてくれるので、自信を持って作品を出せます。大学が多くて研究者や留学生もたくさんいるということもあるのかな。あと、コミュニケーションを取りやすい狭さだということも関係していると思います」(ステージナタリーのインタビューより https://natalie.mu/stage/pp/kex_2021/page/2)
京都の夏は暑くて有名だが、秋になってもなお続くこの都の熱を体感してほしい。
富田大介
明治学院大学 文学部芸術学科准教授
研究領域は美学、芸術社会論、ダンス史、アートプラクティス。学術博士(神戸大学)。パリのポンピドゥ・センターでの上演をはじめ、レジーヌ・ショピノ振付作品に多数出演するほか、芸術選奨推薦委員や文化庁芸術祭審査委員など、ダンスを中心に舞台芸術の審査委員も務める。論考に「土方巽の心身関係論」(舞踊學35号)、編著に『身体感覚の旅』(大阪大学出版会)などがある。
KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2023
TEL:075-213-5839
https://kyoto-ex.jp