SpotifyオリジナルのPodcast『ホントのコイズミさん』は、本をテーマに、小泉今日子が各地の本屋さんをめぐり、本にまつわるゲストを迎え、おしゃべりのような、雑談のような、ここでしか聞けない対話を繰り広げる番組。2021年4月の開始以来、およそ2年半にわたって、配信を続けてきた。
番組は書籍化され、第1弾は『ホントのコイズミさん YOUTH』として2022年12月に、第2弾『ホントのコイズミさん WANDERING』が2023年7月に発売された。さらに、今冬には第3弾となる『ホントのコイズミさん NARRATIVE』も刊行予定とのこと。
アイドル、歌手、俳優など、これまで“主役”として長く芸能界で活動してきた小泉今日子が、ここでは “聞き手”としての新たな一面を見せてくれるのも、番組の大きな魅力。果たして『ホントのコイズミさん』は、どのようにして出来上がっていったのか。
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想定外の対話を楽しみたい
──本日はよろしくお願いします。
小泉 あ、同じTシャツ(取材時にインタビュアーが着用)持ってます。
──安西水丸さんのTシャツ。『ホントのコイズミさん YOUTH』の中で、小泉さんが着ているのを見て、着てきました。
小泉 そっかぁ。本にすると、そういう発見もあるんですね。ふふふ。
──『ホントのコイズミさん』では、いまみたいな、本筋ではない、たわいない会話も収録されていますよね。
小泉 そういう会話こそ大事じゃないですか。最初の頃はやっぱりまだ慣れてなくて、聞くべきことをちゃんと聞かなきゃ、って思ってたんですけど、だんだんそういう形式とか手順をすっ飛ばしても大丈夫になっていきました。
あとは、Podcastを聴いてくれる人、書籍の場合は読んでくれる人たちのことを考えると、一方的なインタビューだと飽きてしまうだろうから、意識的に自分の話をするようにしたんです。ゲストの方が話してくれたことに対して、私はこう思ったとか、私はこういう経験をした、というのを入れないと、自分の問題になっていかないと思ったんですよね。
──訪れた先で「この近くに住んでたんですよ」とか、普通に言ってますよね。
小泉 別に隠すこともないし。嘘は言わないようにしたいんです。だから、ゲストの方が書いた本を読む時間がなかった時は、正直に「まだ最初のほうしか読めていないんです」って言います。
──他にも意識していたことはありますか?
小泉 なるべく脱線しよう、ってことですね。意図的に脱線を誘導していました(笑)。インタビューではなく、対話をしましょうって。私は長年インタビューを受け続けてきたからわかるんですけど、ずっと質問に答えていると、だんだん上手くなるんですよ。だけど、対話は上手くならない。常に想定外だから。その想定外を楽しみたいなって。
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偏愛の奥にある物語を聴かせてほしい
──「本」をテーマにしたのは、なぜですか。
小泉 大手の本屋さんが次々になくなっていく一方で、独立系の本屋さんはどんどん増えてるように感じていました。でも、本屋さんってそこまで儲かる商売でもないし、むしろ経営していくのは難しいだろうに、それでも自分たちの手でやっている人たちがいる。そう考えると、きっとそれぞれの書店で、本を売ること以外にもなにかしら発信したいことや目的があるんだろうなって。それを店主の人たちに聞いていけば、いろんな人たちのヒントになると思ったんです。
──店主の個性をそのまま反映できることが、独立系書店の魅力ですよね。
小泉 そう。たとえばフェミニズムの本だけを置いているとか、韓国文学に力を入れているとか。あるいは、一緒にカフェをやったり雑貨も売ったり。そこに店主の偏愛が感じられるんですよね。偏愛には強い意志があるから、書店に行くだけではわからないような、その奥にある物語を聴かせてもらうのが、私の役目です。
書店に限らず、作家さんをゲストに迎える時も同じ。どうして作家になったのか、そこにたどり着くまでの話を聞くと、本当にみなさん人それぞれで。ずっと普通の仕事をしていた人もいれば、子どもの頃からひたすら文章ばかり書いていたっていう人もいたりとか。そういうお話は、誰にとっても必ずヒントになるでしょう。
あとは、『ホントのコイズミさん』をきっかけに、外に出たくなるような番組にはしたかった。番組で紹介した書店はもちろん、家の近くの本屋さんでもいいし、本を持って散歩に行こう、とかでもいい。とにかく行動するきっかけになったらいいな、というのは目指してました。
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日本をもう少しマシな国にできたかもしれない
──小泉さんと本でいえば、2005年から10年間、読売新聞の書評委員を務めていました。
小泉 あの10年間は、お仕事として本当にたくさん読みましたね。それがいまでも尾を引いていて、仕事として読むのが嫌になっちゃいました(笑)。だから読む数はだいぶ減りましたよ。それに私自身、事務所から独立して社長になってからは、忙しくて前のように読む時間がないんです。昔は暇だったんでしょうね。
──小泉今日子が「暇だった」ってこと、あります?
小泉 ありますよ。当時は季節労働みたいな働き方だったから。3カ月とか半年ずっと撮影して、次の作品まで1カ月の間が空いたり。そういう合間の時間は心にも余裕があって、たくさん本を読んでました。でも社長業にはそういう穏やかな時間がなくて、常に忙しい。
──選ぶ本の傾向にも変化はありますか?
小泉 前は小説をたくさん読んでましたけど、最近はノンフィクションが多いですね。知りたいことが増えたから。韓国ドラマを20年観続けているので、物語はそっちで吸収して。世の中のことは、もっと知っておかないと戦えねぇぞ、っていう。
──書籍『ホントのコイズミさん WANDERING』に収録されている一問一答で、「時間旅行ができるなら、どの時代に行って何をしたいですか?」という質問に、「昭和40年代に戻って自分を教育し直したい」と答えていましたよね。
小泉 答えましたね。あの頃に戻って、もっと早い段階で勉強することの楽しさを教えてあげたら、この世界を、少しでも変えられるような人間になれたかもしれないと思いました。いまの人生ではいろいろあってここまでは来たけれど、もっとちゃんと勉強を楽しんでいたら、日本を、世界を、もっと素敵なものにできた可能性もあるよなって。そういうつもりで書きました。
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独立したからには、新しく仲間をつくり直さなきゃ
──書籍版の『ホントのコイズミさん』は、大手の出版社ではない、独立系の303BOOKSから刊行されています。
小泉 私は芸能界でデビューしてから40年近く、ずっと大きいところで仕事をしてきたので、大きい故の悪いところもよくわかってるんです。それで事務所を辞めて独立したわけだけど、自分でやるからには、新しく仲間をつくり直さなきゃって思ったんですよ。せっかくいろんなことを変えていきたいと決意したのに、自分だけ調子よく大きいところに頼るのは主義に反するなって。
本を出すことだけじゃなく、舞台をつくることにしてもそう。コロナ禍で私の会社がプロデュースする舞台公演が中止になった時、劇場にも出演者にもスタッフにも当然お金が入らなくて、どうしようかって考えたんです。それで、プロデュース公演は難しいけど、フェスみたいなことならできると思って、3週間、下北沢の本多劇場を埋めたんですよ。
──2020年10月に行われた企画「asatte FORCE」ですね。
小泉 あ、そうです。あの時に、唯一取材を申し込んでくれて、「asatte FORCE」にも来てくれて、記事にしてくれたのが303BOOKSなんです。そういう出会いがいちばん大切だから、これは仲間にしなきゃって。
──Podcast番組を書籍化するにあたり、音声を活字にすると、また印象が変わりますよね。
小泉 内容は同じはずなのに、耳で聴くのと読むのでは、だいぶ違いますよね。本のほうには少しだけ未配信の部分が付け加えられたりはしてますけど、私は基本的には修正しません。
──音声で配信されるのはいいけど、活字として残すなら直したい、みたいな部分はなかったんですか?
小泉 ないですね。喋っているその瞬間に、責任をもってやっているので。だから、本として残ろうが、なんとも思わない。なんとも思わないっていうのも失礼だけど(笑)。Podcastの収録でも、喋った後に「あそこはカットで」とか言ったこと一度もないです。
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私をきっかけに、世界を広げてほしい
──独立後の小泉さんは、「小泉今日子になにができるのか」ということをずっと考え続けて、日々実践されていますよね。
小泉 なにをしていても、自分が役に立てることはなんだろうって、ずっと考えてますね。面白い人に出会ったら、あの人に紹介してあげようとか。それはファンの人に対してもそう。私のことは応援しなくなってもいいし、ファンを続けなくてもいいから、私をきっかけにして、世界を広げてほしいんです。新しい人に出会ったり、新しく本や音楽や映画を好きになったり。
しかも最近は、こんなに長く活動していると、もっといいことが起きていて。学生時代に私のファッションに影響されてデザイナーになったとか、私が出演したドラマを観てテレビの制作会社に入ったとか、そういう若い人に現場で会うんですよ。「あの舞台を観て、役者を辞めないで続けてきました」とかね。
──なんて素晴らしい……。
小泉 実際に会うとびっくりはするけど、思惑通りなんです。そういうふうに次の世代へつなぐことを目指して、私はずっと活動してきたので。
──ちょっと意地悪な質問になりますが、大きいところの資本力や影響力を知っているからこそ、たまには後ろ髪を引かれるようなことはありませんか?
小泉 ないですね。というか、もともと大きい商売をしたいっていう気持ちがないんですよ。いいものをちゃんとつくりたい。ずっとそれだけです。どうしても大きな資本に頼るとしたら、借金がいっぱいでどうしようもなくなった時ですね(笑)。その時は、大手に頼って一発で返せる方法を探します。
ただ、ちょっとだけ考えちゃうのは、前の事務所にいた時はお給料制だったので、もし歩合制でやっていたら、今頃はビルでも所有して、そこで稽古場とか、小さい劇場くらいはもてたのになぁ……とは思いますね。でも、そんなに上手くはいかないのが私の人生なんだ! そう思って生きてます。
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長期戦に必要なのは、連帯できる仲間たち
──特にアイドル時代の小泉今日子といえば、既成概念を壊し続けることが大きな魅力にもなっていたと思うのですが、いまは壊したい欲求みたいなものはあまりないですか?
小泉 いまの日本には、芸能の世界だけじゃなく、あらゆるところに壊さないといけないものがいっぱいありますよね。古い慣習だったり、考え方だったり、構造だったり。でも、若い時は本当に暴れれば壊れると思っていたし、私自身も暴れるのが楽しくてやっていたけど、いまはその感じではないかな。暴れたら壊れるとか、そういう問題じゃないから。それよりは、もっと知識を蓄えて、知恵をつけて戦いたい。必要なのは、複雑に絡み合った知恵の輪を解くような作業なんだと思います。固くなった結び目をひとつずつ解いていくことは、すごく長期戦になるので、そのためにも仲間が必要なんです。「ここは私がやっておくから、あなたはそっちをお願い」みたいな。
──そういった連帯は、大きな組織に所属している人たちよりも、まずは個人や独立系の人たち同士のほうがやりやすいですね。
小泉 『ホントのコイズミさん』で訪ねた書店の人たちも、みなさん個人で独立されているので、それぞればらばらなのかと思ったら、意外とつながってるんですよね。開業する時にはあの人にアドバイスをもらったとか、イベントをやる時には協力してもらってるとか、そういうエピソードをたくさん聞かせてもらいました。目に見えない連帯を知れたことは、実はいちばんの収穫だったかもしれない。それがわかると、なにかを一緒にやりたいと思った時に、大きな輪をつくりやすいから。
──個人同士だと話も早いですし。
小泉 本当にそうなんですよ。自分が独立してよかったなと思うのが、とにかく話が早いってこと。「上に確認します」とか「持ち帰って検討します」とか一切必要ない。私が判断するだけ。ギャラの交渉も全部私がやってますから。せっかくこの自由を手に入れたからには、うまく活用しなきゃって。新しくできた仲間たちと、これからも戦っていきます。
Podcast『ホントのコイズミさん』
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