建築家・藤森照信が考える、エコロジカルな建築、自然と人工物の調和

  • 写真:牧野智晃
  • 文:中野悦子
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自然素材と人工物を一体化させた数多くの作品を手掛けている建築家、藤森照信さん。サステナブルや省資源化、地産地消が叫ばれている世の中で、エコロジカルな建築とはどんなものか、今の時代における建築家の役割とはいったい何か、これまでの経験と知識を背景に語ってもらった。

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現代の科学技術を自然の素材で包み込み、周囲の環境と調和させることが建築のテーマ

藤森さんの生まれ故郷である長野県茅野市には、自身が手掛けた「高過庵(たかすぎあん)」や「空飛ぶ泥舟(そらとぶどろぶね)」などの建築物が点在する。どれも独創的で愛嬌があり、遊び心が感じられるが、どのような発想から生まれたのか。

「例えば“空飛ぶ泥舟”は、学生の頃から宙に浮くものを造ってみたいと思っていました。子供の頃はこういった夢を描くものですから。イメージは頭の中にあるので、基本的に全体像は早く固まりますが、その後は何度もスケッチを繰り返して納得いくまで詰めていくのが私の手法です」

建築を始めた当初から意識的に取り組んできたのは、自然の素材や地元の原料を使うこと。日本らしい美しい風景に溶け込むような建築物を造るために、自然の素材を用いるようになったそうだ。

「現在の建築は科学技術の塊みたいなものですから、どうしても周りの環境に合わない。最初に建築物を造ったのが自分の生まれ育った村でしたから、そこをどう克服して周囲の環境に合わせるかは、テーマとして意識したところです。最終的には、科学技術の部分を覆うように、周辺の野山にあるような素材を表面に使って仕上げる、といった工夫をしました」

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長野県茅野市にある藤森さんの代表作。上「高過庵」、下「空飛ぶ泥舟」。

伝統的な建築技法を用いて現代建築の素材で骨組みを造り、自然の素材で包み込む。これは藤森さんが考案した手法。自然と科学技術の分裂をなんとか中和させようと、屋上緑化や壁面緑化などの「建築緑化」にも積極的に取り組んでいる。なかでも滋賀県にある「ラ コリーナ近江八幡」の“草屋根”はその代表作。屋根に植物を植えることは、持続的なメンテナンスが前提となる。

「植物は気を抜くと枯れてしまうので、水のコントロールがとても大変です。でも“草屋根”は和洋菓子店の“たねや”さんの施設で、こちらには原料の小豆や黒豆などを調達するための自家用農業部門がありますから。しかも“自然と共に生きていく”ということに関心がある会社なので、しっかり管理できるわけです」

藤森さんの建築物には環境問題に対しての啓発を内包する側面があるのか聞いてみると「側面はあるかもしれないね」と答えてくれた。

「でも、私が手がけた建築物についてはサステナブルやエコロジーについて、あまり語らないようにしています。なぜなら根拠が希薄だから。自然の素材を使っていても、100%環境にやさしいとは言い切れませんし、あまりいい加減な発言はしたくないと思っています。ただ、自然素材で包むことで、断熱性は高くなると言われています」 

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和洋菓子で有名なたねやグループの店舗「ラ コリーナ近江八幡」。芝で覆われた草屋根の建物がメインショップ。

建築に使用する自然素材は調達が難しいときもある。とくに藤森さんが好んで使う栗の木は市場に少なく、探すのが大変だと言う。

「基本的には地元にある木、石、土などの自然素材を使うことが多いのですが、栗の木が大量に必要になった時は苦労しました。当時、私の建築物に使うことができる丁度良い大きさの木材が300本以上必要だったのですが、林業の衰退もあり、なかなか見つかりませんでした。栗の木は特殊な木材なので、専門家の方にわざわざ探してもらって木曽の山中でやっと見つかったのですが、伐採して運ぶための道がありません。結局、その道から造ってなんとか調達したのですが、栗の木のように土地の資材が失われつつあるのは、とても残念に思います」

江戸時代までは続いていた栗の植林。当時は楢の木と混植し、楢では炭を作り、残った栗を建材に使っていたそうだ。「混合林でどちらも無駄にしないのですから、これもエコロジカルですよね」と藤森さんは語る。

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再生可能な材料を使い、断熱性を高める。それが、私が信じて進めるサステナビリティ

藤森さんが考えるエコロジーな建築、サステナブルな建築とはどのようなものか聞いてみると、「余分なエネルギーがかからないもの」、さらに「再生可能な材料を使うこと」と言う。

「再生可能という点で言えば、溶かして、形を変えて再利用できる“鉄”を使う建築物が一番ではないかと思っています。木よりも鉄の方がサステナブルというと、意外な感じがしますよね。故 内田祥哉先生からそう言われて、ハッとしました。なるほど、と。鉄を溶かすために必要な熱はさほど高くありませんし、溶かした後の成形も自由自在。昔から捨てずに再利用していたことを考えると、とても貴重なものだったのでしょう」

鉄は他の素材と簡単に分別・選別ができ、ほぼ全量が回収・リサイクルされているため、天然資源の使用量を減らし、消費エネルギーと環境負荷を削減できていると日本鉄鋼連盟が公表している。鉄は再生可能な上に現代建築でも多用される強い素材。このような素材を取り入れて、自然の素材で包み込む。この手法は藤森さんの真骨頂だ。 

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地上4階建ての鉄筋コンクリート造「多治見市モザイクタイルミュージアム」も、土壁や屋根の松など、表面は自然素材で覆われている。

今、自然環境への配慮やサステナビリティが求められる時代だが、建築家としての役割、挑戦しなければならないことは、とにかく環境に対して余分な負荷をかけないことだと言う藤森さん。「私が環境に負荷をかけないと確信して進めているのは断熱性を高めることです。つまり、外気の変化に影響を受けないような建築物を造るということ。最初は多少コストがかかりますが、その後のことを考えると環境にやさしいと考えています」

最近は都心での屋上緑化も多く見られるが、「環境への配慮に対するスタンスは建築家それぞれ」だと言う。ただ、環境を意識している建築家は、以前に比べかなり増えていているとのこと。藤森さんは“自然との共生”という課題に対しても真摯に取り組んでる。

「建築に緑化を取り入れる際に考えるのは、美学的に緑と建築を調和させるためにはどうすべきか、ということ。その方法はいくつか分かってきましたが、他にもいろいろなやり方があるのではないかと今も試行錯誤を続けています」

地球の未来を変えるためには、エコロジーやサステナブルに対する一人ひとりのアクションが不可欠。藤森さんご自身は、どのような人が“エコジン(エコ人)”だと考えているのか。

「とても難しいことですが、いろいろなことを自分の力だけでできる人ではないでしょうか。自然への強い関心と、きちんとした美意識を持っている人は若い人を中心にとても増えていると感じますし、自分でなんとかする、という想いを持っている人も増えていると思います」

建築だけでなく、地元に根ざした工芸や食品などの店も、自分の力で、自然や環境に配慮しながら進めている人が多くいる。「そういう店は小綺麗で気持ちがいい」と藤森さんが話すように、サステナブルのためにそぎ落とした、美学のようなものが伝わってくるのかもしれない。

「環境問題に関することも含め、先端的に進めていることは、世間に伝わるまで30年はかかります。その間、我慢して続けることはできませんから、若い人たちには、好きでいることを忘れないでほしい。建築を含めて、自分のやっていることが楽しい、好きだという気持ちでいられれば、きっと大丈夫。いつか必ず夢を実現してほしいと思います」

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藤森照信(ふじもり てるのぶ)
1946年生まれ、長野県出身。建築家、建築史家。東京大学名誉教授。工学院大学特任教授。東京都江戸東京博物館館長。近代建築史・都市史研究を経て1991年、45歳の時に「神長官守矢史料館」で建築家としてデビュー。土地固有の自然素材を多用し、自然と人工物が一体となった姿の建築物を多く手掛けている。建築工事には、素人で構成される「縄文建築団」が参加することも。

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www.env.go.jp/guide/info/ecojin/index.html

環境省発信のエコ・マガジン「ecojin(エコジン)」。環境のことを考える人がひとりでも多くなることを目指し、脱炭素、気候変動、リサイクル・省資源、食品ロス、自然環境、生物多様性、復興などをテーマにしたコンテンツや、エコジン(エコ人)へのインタビュー記事を掲載している。