小説家としてデビューしたのは2004年、24歳の時。以降、辻村深月は着々とキャリアを築き、12年には『鍵のない夢を見る』で直木賞を受賞。新作が最も待たれる作家のひとりだ。
辻村が書く小説の大きな魅力は、心理描写の解像度の高さにある。人の心にあらゆる角度から光を当て、無意識の想いまでも言葉にして突きつける。最新作『この夏の星を見る』では、茨城県、東京都、長崎県五島列島で暮らす中・高生の青春を描いた。
「いまの中・高生を追うにあたって、コロナ禍を書かないという選択肢はありませんでした。三密が叫ばれている中、野外で活動できる天文部を舞台に選びました」
子どもたちはそれぞれの場所で壁にぶつかっていた。五島列島の旅館の娘である円華は放課後、親友の小春から「一緒に帰れない」と告げられる。家族が感染を気にするからだ。辻村は登場する子どもたちが抱えるもどかしさをていねいに描写するとともに、コロナ禍で感じていた違和感も描いた。
「修学旅行や部活の大会が中止になったり、お弁当の時間に会話できなくなったりしたことを『失われた』という言葉で表現することに抵抗がありました。子どもたちは新たな経験や想いを積み重ねているのに、それをないものとして扱っているように感じたんです。自分たちの経験をもとに大人は『早く以前のように』と言いますが、子どもは常に新しい日常を更新しながら生きています」
登場人物たちは遠方の仲間とリモートでつながり、望遠鏡のつくり方や星の観測方法について情報交換しながら、とても充実した時間を過ごしていく。
「子どもたちにとって失われた時間なんてない、とそのまま言ってもなかなか伝わらないですが、小説は、読む人がこういうことって本当にありそうだと感じられる景色を捕まえて書くので、そこから伝わるものがあるんです。それが小説のリアリティだと思います」
今年、これまでの創作活動をたどるガイドブック『Another side of 辻村深月』を刊行。デビューから19年間で執筆した40近い作品を振り返る節目となった。本人による作品解説では、執筆前に緻密な設計図を用意しないことを明かしている。
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