画家、デザイナー、そして美術教師として活躍したジョセフ・アルバース(1888〜1976年)。ドイツに生まれ、ヴァイマールの造形学校バウハウスで学び、のちにマイスターに任じられると、ナチスによる圧力で閉校するまで教師として基礎教育を担う。バウハウスの閉鎖後はアメリカへ渡り、ノースカロライナ州のブラックマウンテン・カレッジにて約15年間ほど教壇に立ちながら抽象絵画や版画に取り組み、1950年にはイェール大学のデザイン学科長に着任。色彩に関する探究を行いつつ、絵画シリーズ「正方形讃歌」などを描きながら、戦後アメリカの重要な芸術家たちを育てていった。アーティストが教師であったことは珍しくないが、アルバースは制作と授業が極めて密接に結びついていたのが特徴といえる。
現在、DIC川村記念美術館では、国内初の回顧展である『ジョセフ・アルバースの授業 色と素材の実験室』が開かれている。ここではジョセフ&アニ・アルバース財団の全面的な協力のもと、バウハウス時代のガラス作品から家具や食器といったデザイン、それに絵画シリーズ「正方形讃歌」など、国内初公開作品を含む絵画や関連資料など約100点を公開。加えて教育者としての活動にもスポットライトを当て、実験的な授業をとらえた写真や映像、さらに学生の作品も紹介している。また「アルバースの授業に挑戦!」と題し、アルバースの出した課題へ挑戦できるワークショップ・スペースも設けられている。見て、触れて、手を動かしながらアルバースの制作を楽しめる展覧会だ。
芸術において重要なのは「何を」(what)ではなく「どのように」(how)だとするアルバース。その彼が教育に際して重視していたのは、試行錯誤しながら自らの手で学ぶことだった。まずバウハウス時代では素材の性質を学ぶために紙を用いた演習を実施。生徒に1枚の紙を与えると、折る、切る、貼るといった方法のうち、最初は最小限の手段のみを許し、次第に高度な加工法を導入していく。またブラックマウンテン・カレッジでは、「生きていく上でどう役立つのか?」を問うべく、自然物などのあらゆる素材を組み合わせながら、これまでと違った作品を生み出そうとする。そして色彩の取り組みに没頭したイェール大学以降も、さまざまな色彩効果を作り出すため、学生たちに色彩をより正確に観察させ、選び出す経験を積ませていった。
絵画シリーズ「正方形讃歌」は、1950年にはじまり、亡くなる直前まで2000点以上も制作されている。いずれも正方形の決まったフォーマットから出来ていて、混色はほとんどせず、既製品のチューブ入り絵具をそのまま使っている。そして作品の裏面にしばしば使った色の情報を科学者が実験を記録するように書き込んでいて、アルバースが探究のプロセスをいかに重視していたのかを知ることができる。また自身のテキストを付した版画集「フォーミュレーション:アーティキュレーション」も、アルバースの思考実験を追体験するようで面白い。ただ漫然と見るのではなく、「なぜそのように見えるのか?」を突き詰めたアルバースの制作を前にすると、見ることから開ける表現の限りない可能性を感じてならない。
『ジョセフ・アルバースの授業 色と素材の実験室』
開催期間:2023年7月29日(土)~2023年11月5日(日)
開催場所:DIC川村記念美術館
千葉県佐倉市坂戸631
https://kawamura-museum.dic.co.jp