大根仁が監督&脚本を手がける、シリーズ初3DCG制作『しん次元! クレヨンしんちゃんTHE MOVIE』。作品が突きつける現代社会への問いとは

  • 文:韓光勲
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1992年にTVアニメの放送が始まり、数々の名作映画を生んできた「クレヨンしんちゃん」。最新作はシリーズ初となる3DCGアニメを採用し、脚本・監督は『モテキ』(2011年)や『バクマン』(2015年)、ドラマ『エルピス』(2022年)など多くの話題作を手がけてきた大根仁。7年の制作期間を経て生まれた『しん次元! クレヨンしんちゃん THE MOVIE 超能力大決戦~とべとべ手巻き寿司~』の見どころをお伝えしたい。

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 (c)臼井儀人/しん次元クレヨンしんちゃん製作委員会 

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舞台は2023年。宇宙から2つの光が襲来する。ひとつは暗黒の光、もうひとつは白い光。白い光がしんのすけに命中すると、身体から不思議なパワーがみなぎる。一方、黒い光を浴び、暗黒のエスパーとなったのは非理谷充(ひりやみつる)。世間に見下されていると感じている非理谷充は、暗黒の力を使って世界への復讐を企てる。世界の破滅を望む非理谷充としんのすけの決戦がいま、始まる。

まず、冒頭から引き込まれる。春日部の街を逃げるしんのすけをみさえが追いかける場面は、3DCGをふんだんに使ったアクションがとにかく楽しく、超能力を使えるという設定も3DCGと相性がいい。悪役の非理谷充が巨大化する描写には驚かされる。アニメーションとしてかなり実験的であり、ストーリー展開はさながら特撮映画である。つくり手の遊び心と挑戦心が垣間見えるシーンだ。

クレヨンしんちゃん映画は、娯楽映画の条件を見事に備えたシリーズだ。本作ももちろん、ワクワクして、笑える、元気になれる作品に仕上がっている。かつての日本映画界では、これらの娯楽映画の要素をもつシリーズものが多く作られた。その中から菅原文太主演の名作『仁義なき戦い』や『トラック野郎』が生まれている。だから今回の映画で、園長先生への定番のイジリとともに『仁義なき戦い』が引用される場面は「お見事!」と膝を打った。クレヨンしんちゃんが日本映画史に接続されたのだ。

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 (c)臼井儀人/しん次元クレヨンしんちゃん製作委員会 

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だが、今回の映画はこれまでのシリーズと比べても、かなりシリアスで社会的なテーマを扱っている。

特に、非理谷充というキャラクターだ。幼少期はネグレクトにあい、両親は離婚、ティッシュ配りのバイトに苦労し、推しのアイドルは一般人と結婚。さらには暴行犯に間違われて警察に追われ……。世間への恨みを募らせ、悪の力を使い世界の破滅を狙う。このようなキャラクターに対して、しんのすけは鮮やかに対応する。だが、現実にいる「非理谷充」をどうすれば救済できるのかという問題は、非常に重いテーマとして観賞後も心に残る。

そして、さらなる悪役として、ヌスットラダマス2世というキャラクターが登場する。ノストラダムスの隣町に住むヌスットラダマスの生まれ変わりを名乗り、世界征服を目論む組織を率いているのだが、『月刊ムー』さながらの『月刊ヌー』を手に、世界破滅の予言を信じている人物だ。クレヨンしんちゃんの連載とテレビアニメが始まった時期は、「ノストラダムスの大予言」がよく語られた1990年代であり、オカルティズムが流行していた。90年代のカルチャーとしてのクレヨンしんちゃんがノストラダムスに言及しているのは、時代的な必然性があるし、現代的な問題とも共鳴している。

サブ②.jpg(c)臼井儀人/しん次元クレヨンしんちゃん製作委員会

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なぜ、今回のクレヨンしんちゃん映画はこれほど社会的な批評性をもつ映画になったのか。それはやはり、脚本を担当した大根仁監督の役割が大きいだろう。『モテキ』ではリアルなサブカル描写が話題となり、『バクマン』では日本アカデミー賞優秀監督賞と日本映画批評家大賞を獲得した大根監督。『SUNNY 強い気持ち・強い愛』(2018年)では90年代の女子高生文化を鮮やかに描いた。

かつてはサブカルイメージが強かったが、近年は鋭い社会批評性をもつ作品を生み出している。ギャラクシー賞大賞を受賞したドラマ『エルピス』は昨年、大きな話題となった。本作はクレヨンしんちゃん映画という体裁を取りつつ、『モテキ』や『SUNNY』では十分に描けなかった1990年代以降の社会問題を織り込んだ作品と言えるのではないだろうか。社会的な問題への関心を深める近年の大根作品の流れを考えると、今回の映画が社会的なテーマを扱わざるを得なかった理由がわかるだろう。

とはいえ、そんなに難しく構える必要はない。本作は素直に楽しめるアニメ映画であり、子どもと一緒に楽しめる映画なのだ。ただ、大人にもぜひ見にいってほしいとも思う。本作が投げかける問いは、重く、鋭い。あなたはこの映画をどう考えるだろうか。

『しん次元!クレヨンしんちゃんTHE MOVIE 超能力大決戦半角スペース〜とべとべ手巻き寿司〜』

監督/大根仁
声の出演/小林由美子、ならはしみき、松坂桃李、空気階段、鬼頭明里 ほか
2023年 8月4日(金)より全国東宝系にて公開
www.shinchan-movie.com

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