気になる未来の姿に迫った、Pen最新号『2033年のテクノロジー』。その中から、フードテック領域のフロントラインを走るキーパーソンたちが、日本における食と農業の未来について意見を交わした記事を、抜粋して紹介する。
Pen最新号は『2033年のテクノロジー』。AIの進化でどう変わる!? モビリティ、建築、アート、ファッション、食&農業、プロダクト、ゲーム、金融と8つのジャンルで2033年の、そしてさらなる未来のテクノロジーを占った。気になる未来の姿に迫る。
『2033年のテクノロジー』
Pen 2023年9月号 ¥880(税込)
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文化や知見の継承にこそ、テクノロジーは活かされるべき
地球規模の課題が山積している食と農業の現在地。フードテック領域のコンサルタント、「シグマクシス」の田中宏隆をホストに、フロントラインを走る6人のキーパーソンと、日本の未来を考えた。
田中 今日はお集まり頂きありがとうございます。みなさんそれぞれの分野で、食や農業の未来に対するビジョンを掲げられていると思いますが、10年後の2033年を見据えた時に、どんな課題があって、どんなテクノロジーが必要とされていると思いますか?
高橋 課題という観点においては、数年前からIPCC(下記※1)が指摘している通り、30年には、人類が後戻りできないような世界に突入するということが科学的エビデンスとともに示されていて、人類はある種の余命宣告をされている状態なわけです。だからとにかくみんなで生活改善をしなければ未来はないよねっていうのは、大前提だと思います。
岡住 メタンガスには二酸化炭素の約25倍の温室効果があるとされていますが、国内で人間の活動によって排出されるメタンガスの約45%は、稲作に起因するという報告があります。農業という産業の構造全体を、抜本的にアップデートする必要があると思います。
芹澤 伸び切ってしまったサプライチェーン(※2)を、テクノロジーの力で直結させようとしているのが、ポケマルを通して関係人口(※3)の創出を提唱する高橋さんや、都市生活者にアーバンファーミング(※4)を提案する発想だと思います。今後さまざまな問題に直面し、ある程度自分たちで食糧を調達することが必要になる未来に向けて、その場所の気候に合わせた野菜の栽培をサポートするシステムを展開することで、自律的なコミュニティが増えていくことをイメージしています。
田中 NGOの食料土地利用連盟が19年に発表したデータによると、世界のフード・システム全体の市場価値と、その裏に隠された関連コストの比較において、約2兆ドルの損失という試算が出ています。旧来のサプライチェーンは、それだけ負を生み出し続ける構造だということです。
高橋 そのコストのひとつに地方創生も含まれていると思いますが、これから少子高齢化がさらに加速して人口が減少していった場合、単純に考えて、全部の集落が残っていくという未来はありえないと思うんです。しかしいまの社会ではみんながそこから目を背けて、地方の活性化一択で話を進めようとしています。もしその地域から物理的な生活がなくなってしまうのであれば、そこに蓄積した歴史や文化や知見をできる限りデータベース化して、次の社会にうまくフィットする形で継承していくために、テクノロジーが活かされていくべきだと思います。
井出 まさに料理の文化は人から人へ、知識や技術とともに直接的に伝承されてきたものが多いと思いますが、なんでもネットスーパーで購入できて、時間がなければどんなお惣菜でも手軽に購入できるいまの都市生活の中では、それぞれの食材のこと、それをおいしく食べるための調理法のこと、その料理が生まれた地域の文化のことなどを知らなくても、問題なく生活できるようになっています。だから「シェアダイン」では、テクノロジーを活用することで、料理や食材の知識をもっているシェフと消費者が気軽につながり、人から人へ、奥深い食文化が幅広くシェアされていくような社会づくりを目指しています。
楠本 地方の食文化を消費者に伝える手段を考えた時に、いちばんの理想は、その土地で生まれたものを、そのままの状態で届けることだと思います。私たちが冷蔵や冷凍に次ぐ第三の鮮度保持技術として開発した「ゼロコ」は、予備冷却に利用すると、冷凍による酸化や細胞の破壊(※5)を防ぎ、冷凍前の鮮度や食味をそのまま長期間保存することができます。このテクノロジーは、文化の継承や保存にも大いに役立つはずです。さらにいうと、農家や漁師の方々が個人で在庫をもてるようになるので、第一次産業の利益率を向上させることにもつながります。
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「エンタメ」と「エネルギー」、その両軸での革新が重要
田中 私の出身であるハイテク業界は、各社最先端の技術をもっているがゆえに、業界内の競争も激しい状況が続いています。対して食の分野では、食を起点としたよりよい未来づくりに向け、〝共創〞していこうとする動きも見られます。それはこれからの時代にとても合った考え方で素敵だなと思うのですが、IT業界ご出身の橋本さんはどう思われますか?
橋本 文化的なことももちろん大事だと思いますが、私はあくまで食品加工業を先端技術産業として日本のリーディングインダストリーにしていくことを目標にしているので、食や農業の業界を見た時に、ビジネスとしては正直「緩いな」と感じるところもあります。今回は食と農業という大きな枠組みで議論をしていますが、ここまで話題に上がった文化的な側面は、消費者の食生活の中では「エンタメ」の部類に属する話だと思うんです。その一方で、この分野は生命維持のために必要な「エネルギー」を生み出す産業でもあるといえます。10年後の社会を考えた時に、その「エンタメ」と「エネルギー」の両軸を、テクノロジーの力で同時に革新していくことが重要です。「ベースフード」では、「エネルギー」としての完全栄養食(※6)を健康のインフラとして浸透させることで、健康格差のない社会を目指しています。その実現のためには、毎日食べたいと思えるおいしさの追求も必要不可欠なので、ベースフードでは、原材料の配合だけでなく、味や香りを感じるメカニズムの研究から、タンパク質やミネラルの分子レベルでの改変にいたるまで、ディープテック(※7)的なアプローチを通して食品開発を行っています。
田中 10年後の食のインフラや食料自給率を考えた時に、プラントベースミート、培養肉、昆虫食といった代替プロテイン(※8)の話は避けて通れません。日本の未来にとって、代替プロテインはチャンスとなるのでしょうか? それとも危機となるのでしょうか?
楠本 代替プロテインの話になると、これはダメで、これはOKみたいな議論になりがちですが、僕はむしろ、我々日本人が、どのように自分たちの技術や知見を世界に向けて打ち出していくのかというところが、すごく大事だと思っています。先日、星野リゾートの星野佳路さんとお話しした時に、どうすれば日本の土俵に世界を巻き込めるのかという問いに対して、星野さんは「簡単です。靴を脱がせばいいんです」って言うんです。靴を脱いだ瞬間に彼らは緊張して、日本の文化や価値観に身を任せるようになるからです。だからフードテックの話も海外から入ってくる価値観を追いかけるばかりではなく、大豆の加工技術のように日本がもっているテクニックやノウハウを最大限に活用して、我々の土俵の上から、世界に対して売り込んでいけるようになるべきだと考えています。
橋本 大昔から当然のように大豆文化で暮らしてきた日本人からしてみれば、そもそもは肉のほうが代替プロテインだったともいえますからね(笑)。大豆が代替プロテインだっていう海外のアジェンダに乗っかってしまうと、彼らに都合のいいように話が進められてしまうのは当然かもしれません。
芹澤 日本には江戸時代にサーキュラー・エコノミー(※9)を実践していた歴史もあるので、それはまったく危機ではなくて、むしろ得意分野ではないでしょうか。
井出 シェフの人たちの知見をデータベース化して、こうやったらおいしくできるっていうノウハウまでを含めてパッケージングできれば、世界に広く売り出していけると思います。
橋本 日本はこれからどのレイヤーでビジネスをするのかを考えることも重要。例えば日本では、海外からもってきた石油でつくった石油加工製品を、海外に輸出して外貨を稼いでいます。その点、食の分野では原材料の生産から製品化までを日本で行い、より効率的に収益化できるジャンルも多いはず。それは輸出目的ばかりではなく、自給率を上げるひとつのアイデアにもなると思います。
高橋 47都道府県にこれだけ豊かな地域文化と特産品があって、しかも美しい自然や景観が保たれている国はなかなかないですよね。確かEUで進められている昆虫食に対して、イタリアがかなり難色を示しているみたいですが、その根底にあるのは、自国の食文化を守りたいという彼らの哲学なんですよね。日本にもまだ陽の目を浴びていない素晴らしいアセットがたくさんあるので、10年後の日本はどうあるべきか、また、そのためにはいまなにをするべきなのかという哲学をしっかりともつべきです。理想の未来に向けて進んでいくためには、テクノロジーばかりが発展しても意味がありません。大事なのは、テクノロジーと哲学の連動だと思います。
岡住 先ほど楠本さんも第一次産業の増益について触れていましたが、僕たちもその部分に貢献したいと考えていて、今年から廃棄リスクのある農作物を活用する食品加工工場を立ち上げました。規格外品や未利用魚のように、これまで価値のなかったものに新しい付加価値を生み出して、生産者の利益を確保していくことも、僕たち食品加工業者に課されている責務だと考えています。
田中 皆さんとの会話の中で、10年後どうあるべきかというビジョンをしっかりともち、自分たち自身でルールメイクをしながら発信していくことが重要で、また、テクノロジーはそういう哲学とともに活かされていくべきだということを学びました。このような議論がもっと当たり前になって、いろんなところで活性化していくことを願っています。
KEYWORDS
※1 IPCC
気候変動に関する各国政府の政策に、科学的な基礎を与えることを目的とする気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change)は、世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)が設立した政府間組織。2021年に第6次評価報告書が発表された。
※2 伸び切ってしまったサプライチェーン
商品がエンドユーザーに届くまでのものの流れ全体のつながりを指す言葉。ここでは大量生産、大量消費時代に細分化され、その間で関わる各産業の利益追求が優先された結果として、本来であれば不要なサービスや中継が介在した状態を示して「伸びきった」と表現している。
※3 関係人口
都市と地方の人の流れを活性化させることを目指す「雨風太陽」の高橋さんが生み出した言葉で、都市部に暮らしながら、特定の地方の社会と継続的に関わりをもつことを指す。必ずしも拠点を設ける必要はない。地方での田舎暮らしに付加価値を見出し、豊かな文化交流を促進する。
※4 アーバンファーミング
文字通り、都市部で実践する農業および農的活動の意。近年はビルの屋上やベランダなど、ちょっとした都市空間の隙間を有効活用して、小規模な農的活動に取り組む事例が増えている。特徴としてプランティオのようなシェア型の農園も多く、気軽に楽しめる農体験を提案している。
※5 冷凍による酸化や細胞の破壊
食品の中の水分は-1℃から凍り始め、-5℃近辺でほぼ凍結して氷結晶となる。この温度帯を最大氷結晶生成温度帯と呼び、この間を通過する時間が長いと氷結晶が大きくなり、その結果食品の組織細胞が破壊されることで、味や品質の低下を招くとされる。
※6 完全栄養食
厚生労働省が策定した「日本人の食事摂取基準」に基づき、1食で、他の食事で過剰摂取が懸念される脂質、飽和脂肪酸、炭水化物、ナトリウムを除き、すべての栄養素で1日分の基準値の1/3以上を含む食品。バランス栄養食とは違い、主食に置き換えられるところが特徴といえる。
※7 ディープテック
インターネットサービスやアプリ開発といった「ライト」なテクノロジー領域と比較して、社会に大きなインパクトを与える可能性を秘めた革新的なテクノロジー開発を指す言葉。多くは長期間の研究開発と、豊富な資金や高度な技術力を必要とする。
※8 代替プロテイン
タンパク源としての家畜や魚介類の肉を、別のリソースから生成した食品で置き換える試み。おもに肉の味、食感、見た目を模したものが多い。培養肉や昆虫食の開発も進んでいるが、加工の容易さと味のよさから、世界的に大豆食に対する注目度も高い。
※9 サーキュラー・エコノミー
製品、素材、資源の価値を可能な限り長く保全・維持し、廃棄物の発生を最小限に抑える循環型経済システム。人間活動に起因する気候変動、生物多様性の低迷、環境汚染といった、地球規模の問題を解決するための指標として注目されている。
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