連載「腕時計のDNA」Vol.2
各ブランドから日々発表される新作腕時計。この連載では、時計ジャーナリストの笠木恵司が注目の新作に加え、その系譜に連なる定番モデルや、一見無関係な通好みのモデルを3本紹介する。その3本を並べて見ることで、新作時計や時計ブランドのDNAが見えてくるはずだ。
ヴァシュロン・コンスタンタンの創業は1755年。スイスでも随一の歴史を誇る名門老舗メゾンというだけでなく、4世紀に及ぶ伝統を巧みに現代の腕時計に継承してきた。熟練職人による精緻な美術工芸「メティエ・ダール」や多彩なコンプリケーション、高貴な品格を感じさせるドレスウォッチから実用性に優れたスポーツモデルまで、守備範囲は高度かつ幅広い。また、2015年には"世界一複雑な機械式時計"である「リファレンス57260」を発表し、技術力でも知られる。新作を中心に、そんなメゾンの実力を示す3本を選んでみた。
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新作「オーヴァーシーズ・オートマティック」
どんなシーンにも最適な高級スポーツモデル
多様性と旅の精神を表現している「オーヴァーシーズ」は、1996年に発表されたコレクションであり、現行モデルのインスピレーションのルーツは創業222年を記念して1977年に発表された同メゾン初のケース一体型ブレスレットを備えた「222」とされる。高級腕時計の活動範囲を飛躍的に広げた防水性や堅牢性は当時からの伝統だが、それが2016年のリニューアルモデルによって爆発的に華開き、圧倒的な人気となった。
とりわけブレスレットと皮革ストラップ、ラバーストラップを自分で簡単に交換できるインターチェンジャブルシステムの利便性は高く、業界の先駆けになったといえるだろう。2023年の新作では、ケース径をサイズダウン。ステンレス・スチールと18Kピンクゴールドによる直径34.5㎜のモデルと、それぞれのケースにダイヤモンドをセットした直径35㎜の4モデルが追加された。ダイヤルカラーはブルーだが、ダイヤモンドのスチールモデルはピンクを採用している。
スモールサイズとはいってもレディスに特化されたわけではなく、メゾンによれば「男女どちらの手首にも合うように小さくした」という。切り欠きをもつ特有のベゼルが堅牢な印象を与える外観も、一部を改良しただけでほぼ継承。高精度で安定性に優れたムーブメントなどと合わせて、まさに7つの海を超えてどんなシーンにも似合う、生涯のパートナーとして愛用したい時計だ。
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定番「トラディショナル・トゥールビヨン」
クラシカルなデザインに超複雑機構
ヴァシュロン・コンスタンタンの「トラディショナル」は、2004年に登場したクラシカルな「パトリモニー」の派生モデルとして07年に発表された。「パトリモニー」が1950年代のコレクションを現代的に再解釈したのに対して、「トラディショナル」はその名称通りに、メゾンの伝統的なスタイルや仕上げなどをより忠実に継承したコレクションだ。
バトン型インデックスにレイルウェイのミニッツトラック(線路状目盛り)、光を左右に分けて反射させることで視認性を高めたドーフィン針などを採用している。このコレクションの中でも、さらに特別な高級感を与えているのがトゥールビヨンモデルといえるだろう。
ゆっくりと往復振動(毎秒5振動)するテンプとともにキャリッジが1分間に1回転する優雅な動きだけでなく、その上部でスモールセコンドを兼ねるマルタ十字の複雑な造形がアーティスティックな迫力を感じさせる。新作ではサテン・サンバースト仕上げの荘厳なグリーンカラーをダイヤルに採用。独特の深みのある色合いが格調を高めている。
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通好み「ヒストリーク・アメリカン 1921」
「狂騒の20年代」を象徴する革新的なデザイン
クッション形のフォルムに、右側に傾斜させたダイヤル、そして右上のエッジに変則配置されたリューズ。タネを明かせばムーブメントを左方向に45度回転しているのだが、およそ100年も前に製作されたとは思えないアバンギャルドなスタイルに魅せられる時計ファンは少なくない。
1919年に製作されたモデルがルーツであり、その2年後に米国市場に向けて「アメリカン1921」として少量生産された。アメリカでジャズやファッションなどの文化が花開いた「狂騒の時代」と呼ばれる1920年代の奔放で創造的な雰囲気を先取りしており、ヴァシュロン・コンスタンタンの革新性に改めて感心させられる。2021年には2タイプのホワイトゴールドと100本限定のプラチナで構成された100周年記念モデルを発表。手巻きの自社製ムーブメントを搭載しており、約65時間のロングパワーリザーブを有している。
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ヴァシュロン・コンスタンタンの懐の深さは底が知れない
ヴァシュロン・コンスタンタンはスイス・ジュネーブ郊外に本社工房を設置しており、シャープで現代的なデザインの建築内に最新鋭の機材や設備を導入。多彩なコレクションや複雑時計の製作はもちろんだが、繊細な美術工芸「メティエ・ダール」のアトリエではエナメルやギヨシェ彫り、ジェムセッティングからエングレーヴィングなどの伝統的な装飾技法を熟練職人が手がける。ヴァシュロン・コンスタンタンの270年近くにわたる歴史は決して過去のものではなく、現代に共存している。底知れない懐の深さを感じさせる時計ブランドなのである。
笠木 恵司(腕時計ジャーナリスト)
1954年、名古屋市生まれ。1990年代半ばからスイスで開催される国際的な腕時計展示会の取材を続けてきた。現地の工房視察や時計ブランドCEOのインタビュー経験なども豊富。共著として『腕時計雑学ノート』(ダイヤモンド社)
問い合わせ先/ヴァシュロン・コンスタンタン
TEL:0120-63-1755
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