東京藝術大学でデザインを学んだ後、広告代理店のアートディレクターとして勤務しながら絵画制作に取り組んだ野又穫(のまた みのる、1955年、東京生まれ)。少年時代から工作に熱中し、飛行機などの乗り物が好きで、よく絵を描いていたという野又は、大学時代にチャールズ・シーラーの作品集と出合うと、建築的なモチーフに強い関心を抱く。そして自らの頭の中に浮かんだ建築を描き出すと、架空の風景と一言で片付けることのできない、リアルと地続きにあるような建造物や建築風景を表し続けている。2020年にはイギリスの有力ギャラリー、ホワイト・キューブにてオンライン個展が開催され、同ギャラリーへの所属が決まり、一躍世界を舞台とする作家となった。
東京オペラシティ アートギャラリーで開催中の『野又 穫 Continuum 想像の語彙』では、1980年代の初期作から今年の新作までの約90点の作品を通し、野又の画業の全貌をたどることができる。いつの時代のものともつかない無人の建築物がぽつりと建つすがた。1990年代に入ると建築物は大型化し、大地と人工物の結合が屹立したような光景を見せる。そして2000年代にかけては風車や気球といった工業的な構造物が登場するものの、何のために建てられ、どのような機能を果たすかどうかは依然として分からない。さらに構造物は闇にまぎれつつ、煌々とした光を放つ『光景』(2008年)へと展開していく。現実が時とともに移り変わるように、作品が常に変化していくのも魅力といえる。
キリコやエッシャーの絵に登場するシュールな建物から、植物園を思わせるガラスの構造物、またダ・ヴィンチの考案した動力機関やヨーロッパの堅牢な要塞、そしてバベルの塔…。野又の描く建物はいずれも謎めいているものの、鑑賞者が時空を超えた世界に入り込み、自由にイメージを膨らませながら楽しめるのも特徴だ。それに渋谷のような街の廃墟や関東平野を空高くから見下ろした光景など、建物というよりもランドスケープを表したような作品にも心を奪われる。またスケッチにも注目したい。そこには絵画制作にあたり参考にしたと思われる絵葉書や写真などが並んでいるが、中には日本の明治時代の光線画も見られ、野又の意外なインスピレーションの原点を伺うこともできる。
東日本大震災において建物が津波で破壊される光景に衝撃を受け、一時、キャンバスへ向かうことが出来なくなったという野又。この時期に描かれたのが小さな『Square Drawing』のシリーズだ。そして絵画は最新の『Continuum』、つまりさまざまな要素や出来事の集合、連続としての全体像へとたどり着く。今回の個展は同館コレクションの寄贈者、寺田小太郎が野又の作品をこよなく愛し、1980年代から収集を続けてきたことにはじまる。以来、代表作40点あまりを収蔵。ひとりのコレクターの眼から始まった作家と美術館の長年の関係があってからこそ実現した展示だ。「空想建築」を超え、ますますイマジネーションの広がる野又の作品世界を見逃さないようにしたい。
『野又 穫 Continuum 想像の語彙』
開催期間:2023年7月6日(木)~9月24日(日)
開催場所:東京オペラシティ アートギャラリー
東京都新宿区西新宿3-20-2 東京オペラシティタワー3F
www.operacity.jp/ag