シングルモルトの最高峰として知られるザ・マッカランと、東京の青山にて数多のコーヒー好きを魅了しつつも2013年に閉店し、いまや伝説となった大坊珈琲店。特別な一杯に込められた、両者の妥協なき姿勢や哲学が共鳴し合うスペシャルなイベントが、ピエール・エルメ・パリ青山ブティックで開催された。
コーヒーからインスピレーションを受けた特別なザ・マッカラン
「自然と調和しながら生きる」というコンセプトのハーモニーコレクションから限定発売された、「ザ・マッカラン ハーモニーコレクション インテンスアラビカ」。ウイスキーの枠組みを超えたコラボレーションを経て生み出される同製品の発売を記念したイベントが、6月29日から7月3日の期間限定で開催された。
一般に向けて約400席分が用意されたチケットは、発売から数時間であっという間に完売。「It’s coffee time at The Macallan 〜二つの世界が共鳴し合う時間〜」をテーマに、一杯のウイスキーとコーヒーができるまでを体感的に学べる展示会場では、コーヒーから着想を得て完成した「ザ・マッカラン ハーモニーコレクション インテンスアラビカ」と、スペシャリティコーヒーの特別なペアリングを参加者たちが楽しんだ。
そして最終日の7月3日のセッションでは、青山にあった大坊珈琲店の大坊勝次さんが登場。現在ではめったに飲むことがかなわないこともあって、大坊さんのコーヒーを求めるファンが後を絶たないコーヒー界のレジェンドだ。手回しのロースターで自ら焙煎し、テイスティングを重ねてブレンドしたコーヒー豆をその場で粗挽きに。奥様の手製のネルを使い、一杯一杯をていねいに抽出していくその所作を見ていると、まるで大坊さんのまわりだけ時間が止まったかのように錯覚する。
静寂に包まれ、どこか厳かな空気が流れるなか、特別なザ・マッカランとともに提供されたのは、通常の倍量以上となる25gの豆から、コーヒーカップ3分の1ほどの50ccだけを抽出したデミタスコーヒー「大坊ブレンド」。妥協なき一杯を追求し続けてきた大坊さんのコーヒーと、妥協なきウイスキーづくりを続けるザ・マッカランが、奇跡的な邂逅を果たした瞬間だった。
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店を閉めたいまも続く、理想のコーヒーを追い求める日々
東京・青山に大坊さんが「大坊珈琲店」を開いたのは1975年のこと。「男っぽいお店にしたかった」という理由から、1番から5番までの濃さで選べるコーヒーに加え、店にはウイスキーも置かれていた。
苦味があって決して飲みやすいものではない。そんなコーヒーやウイスキーには、「深く向き合って乗り越えたくなる味わいがある。だから自分と向き合う時に飲みたくなるのかもしれませんね」と、大坊さんは話す。
1日に8回から10回、産地ごとの豆を手回しのロースターで30分以上かけて焙煎する。それが、かつての大坊珈琲店の日常だった。
「多い時は5時間もロースターを回していると、一度の焙煎にかける時間を少しでも短くしたくなる。でもそうして焙煎を続けていると、やっぱり思うような味にはならない。だからまた思い直して、30分をかけて焙煎をするわけです」。
コーヒー豆の焙煎では、焙煎にかける時間が少しでも変わるとその味わいも変化する。大坊さんが追求したのが、深煎りを一歩深めた先にある美味しさだ。焙煎で狙うのは、酸味が気配程度に残り、苦味と舌を包み込むような甘みが立ち上がる瞬間。その一瞬を逃さず焙煎した豆で濃い目のコーヒーを淹れ、その都度テイスティングして味を確かめ、何度も焙煎加減を調整する。
「産地の異なる4種の豆の役割を決めて、それぞれのいい表情を引き出してあげる。そうして焙煎した豆を等分にブレンドして、毎日、同じ味のコーヒーをお客さんに出すんです。もちろん、自分ではおいしいコーヒーを出しているという自信がありました。でも100%満足できているかというとそうじゃない。コーヒーを淹れて自分でも飲んでみると、わずかですが足りないところが見つかって、それを次の焙煎で修正する。お店では毎日その繰り返しでしたし、自宅やイベントでコーヒーを淹れるいまも変わることはありません」
コーヒー本来のおいしさを極限まで引き出すため、少量の湯で贅沢に抽出される大坊さんのデミタスコーヒー。焙煎からブレンド、そして抽出まで、理想とする一杯にたどり着くためには決して妥協を許さない。その姿勢を人は「ていねい」と称えるが、大坊さんは「当たり前のこと」と屈託なく笑う。
「もちろん最初から一杯のコーヒーを特別にていねいに淹れようという思いは持っていました。でもそれ以上に大切なのは、自分自身が納得できるかどうかということ。自分が味を見て納得できたものしかお客さんには出せませんからね。そのためには一つひとつの工程をていねいに、積み重ねていくしか方法がないわけです」
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“シングルモルトの王者”を支える、伝統の継承と日々の革新
そんな妥協なきものづくりを続けてきた大坊さんが、「やっぱりおいしいね」と讃えるザ・マッカラン。1824年に創業したこの蒸溜所もやはり、ていねいなものづくりを当たり前に続けてきたからこそこの味わいにたどりついた。
一般的にモルトウイスキーではポットスチルで二度の蒸溜を行い、二度目の蒸溜で取り出したニューメイク(ウイスキーの原液)を樽に詰めて熟成させる。ザ・マッカラン蒸溜所で使用されるのは、数多くのウイスキー蒸溜所が集うスコットランドのスペイサイドエリアでも最小サイズのポットスチル。世界中で飲まれるようになったいまも、ザ・マッカランではこの小さなポットスチルであえてのの非効率な蒸溜にこだわり、密度が高くリッチな味わいのニューメイクを生んでいる。
加えて、最高のシングルモルトをつくるため、樽詰めにまわすニューメイクを厳しく選別するのもザ・マッカランの特徴だ。二度目の蒸溜で得られるスピリッツのうち不要な部分をカットする作業をミドルカットと呼ぶが、ザ・マッカランではスピリッツ全体の実に84%をカットし、わずか16%のみを樽詰めする。まさに「最高の中の最高」だけを抽出する独自の“ファイネストカット”。それもまた、小さなポットスチルと同様に、ザ・マッカランの変わらない伝統だ。
さらには、ウイスキーの味わいの大部分を決めると言われる“樽熟成”についても、樽材の調達や加工を独自の手法で行うなど、ザ・マッカランでは樽の品質や熟成プロセスの追究を続けてきた。
フラッグシップとなるヨーロピアンオークシェリー樽熟成の個性をふんだんに生かした「シェリーオーク」シリーズをはじめ、アメリカンオークシェリー樽の個性も重ねた「ダブルカスク」シリーズなど、いまやバラエティ豊かなザ・マッカランが楽しめる。そうした製品ラインアップの広がりは、ザ・マッカランが樽熟成についての研鑽を地道に重ねてきた歴史そのものだ。
フルーティで芳醇、そして厚みがあるリッチな味わいで、世界中のウイスキーファンを魅了し続けるザ・マッカラン。小さなポットスチルでの独自のファイネストカットによる蒸溜から12年以上にわたる樽熟成まで、すべての工程において「ていねいなつくり方を、当たり前に守り続ける」。そのシンプルな哲学は、小さな店でコーヒーを淹れ続けてきた大坊さんの紡ぐ言葉と、驚くほどに響き合う。
ウイスキーとコーヒーの違いはあれど、どちらも手間と時間を惜しむことなく最高の一杯を追い求めてきた。ウイスキーを口に含んだ時の大坊さんの満足気な表情に、そんな妥協なきつくり手たちの共通項が、垣間見えたような気がした。