1964年に生まれた宇治野宗輝(うじの・むねてる)は、90年代より電気製品を用いたサウンド・スカルプチュア『Love Arm』シリーズを制作すると、ライブ・パフォーマンスなどにて披露。その後は、モーターを援用した家電製品や自動車、家具、楽器といった日常的なモノと技術をDIYで組み合わせたサウンド・スカルプチュアとパフォーマンスによるプロジェクト『The Rotators』に取り組んで活動を続けている。近年は「POP/LIFE」(箱根彫刻の森美術館、2013年)にて個展を開いたほか、「ヨコハマトリエンナーレ 2017 島と星座とガラパゴス」(横浜赤レンガ倉庫1号館、2017年)でも大規模なインスタレーションを出展して話題を集めている。
東京・東品川のANOMALYにて開催中の宇治野宗輝個展、「ロスト・フロンティア」では、新作の映像、およびサウンド・スカルプチュアと映像の複合作品などを見ることができる。このうち今年100歳になる宇治野の母の過去から着想を得た『Lost Frontier』と『Homy & The Rotators』に注目したい。旧満洲で生まれた宇治野の母は、青春時代を同地で過ごして終戦後に日本へと帰国したが、その移民として暮らした旧満洲での経験が『Lost Frontier』にて綴られていく。そして『Homy & The Rotators』では、彼女が故郷の満洲で最も好きな食べ物だった餃子の思い出が、サウンド・スカルプチュアのビートに乗って語られる。
「ロスト・フロンティア」、それは宇治野の母の故郷である旧満洲であり、彼女が生まれ育った国境の街、安東 (現在の丹東) を指している。小学校を卒業した時のエピソードにはじまり、比較的落ち着いた暮らしぶりを振り返る彼女の口調には淀みがない。そして終戦後にソビエト兵によって連れて行かれるかもしれないという恐怖や、帰国の際に北朝鮮の港へ着いて野宿したことなどの記憶が赤裸々に明かされる。また餃子の思い出も実にクリアだ。3人で150個も食べたことを振り返ったのち、「せっかくあんなに親しくしていたのに、またお付き合いはやり直しだ。」と中国の人々への思いを語る。それらは極めて個人的な体験ながらも、当時の植民地主義や現代の日本と中国の間に横たわるさまざまな問題が露わになるかのようだ。
アートを通じた「物質世界のリサーチ」を標榜する宇治野。今回の展示でもアメリカの大陸横断鉄道や南満洲鉄道などの模型を映像に登場させつつ、サウンド・スカルプチュアがドリルやドライヤーのモーター音を増幅させながら、熱っぽいギターの音を轟かせている。当初、『Lost Frontier』を制作する際、ルーツを探るべく旧満洲へ渡ろうと考えていたものの、コロナ禍によって叶わず、結果的に母へのインタビューというかたちになったという。そして自分に関係した歴史であることが自分が扱える歴史であると考える宇治野は、これまでに何度も聞いた母の旧満洲でのストーリーを共有できるからこそ作品化できたとしている。ここに母の昔の思い出を手がかりに浮かび上がる、現代への批評的視点をもったメッセージとは何かを考えたい。
『宇治野宗輝個展 ロスト・フロンティア』
開催期間:2023年7月7日(金)〜8月5日(土)
開催場所:ANOMALY
東京都品川区東品川1-33-10 Terrada Art Complex 4F
TEL:03-6433-2988
開館時間:12時~18時
休廊日:日・月・祝
入場無料
http://anomalytokyo.com