ロールスロイスが初のピュアEV(BEV)となる「スペクター」に乗る機会をくれた。
ロールスロイスが同社初のBEVに選んだのは、全長5475ミリのクーペボディ。ナバの陽光をあびた車体は、ボディ面に歪みも見当たらず、光を美しく反射。モダンアートの作品のようだ。
「私がスペクターのかたちとして最初に思い描いたのは、とてもエモーショナルなものであってほしいということでした」
2023年7月に試乗会で話を聞いたロールスロイス・モーターカーズ(正式社名)のトルステン・ミュラー=エトベシュCEOは、クーペを選んだ理由について語る。
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「デザインチームが実現してくれたのは、これ以上美しいファストバッククーペはない、といえるスタイリングでした。たとえば、このクルマでロデオドライブを走れば、誰もが注目するでしょう」
デンマーク出身のアンダース・ワーミング氏ひきいるデザインチームでは、スペクターのエクステリアをデザインするにあたって、いくつかのことを強く意識したそうだ。
ひとつは、フロントグリル。ふたつめは、ボディの輪郭。スケッチのときはシンプルで力強くと3本の筆致で輪郭とキャラクターラインを表現した、とする。
フロントは大型ヨットが水面を切ってセイルしていくようなイメージなのだそう。船体のキールを思わせるデザインを意図的に盛り込んだという。
水に浮かんだようなイメージは、ロールスロイス車伝統の「ワフトライン」にもみてとれる。水面から浮かんだ(ワフティング)車体を表現する、ゆるかなカーブのキャラクターラインが、車体側面下部に入れられている。
ワーミング氏によると、フロントグリルはロールスロイス車でもっとも重要な部分。ひと目でロールスロイスとわからなくてはいけない。
「トリニティ(三位一体)と呼んでいるんですが、バッジ・オブ・オナー(エンブレム)、ローマのパンテオン神殿を模したグリル、スピリット・オブ・エクスタシー。この要素がしっかり目立っている必要があります」
私が感心したのは、アート&サイエンスと表現すればいいのか、審美性と科学性の融合だ。
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スペクターは、ロールスロイス史上最大の横幅のグリルを持ち、プロポーション(タイヤと車体の配置)とプロファイル(側面の輪郭線)は、古典的といえば古典的だ。
ファントム・クーペ(2008年)との近似性は「精神的な後継車」(CEO)と言うぐらい意図的なものだが、にもかかわらず、空気抵抗値は0.25と、へたなスポーツカーをしのぐ。
いっぽう、グリルの傾斜角は大きく、いかにも空気を後ろに流しそうだ。見た目の印象だけでない。じつは、よく見ると、空気の剥離をうながす面取りなど空力的処理が施されている。
英国人が好む古典芸術のふるさととしてギリシアと並ぶローマ。紀元前25世紀に最初のものが建てられたというパンテオン神殿の列柱をイメージしたという縦のスリットは、スペクターでは閉じている。
グリルに開口部をもたないのは、エンジン冷却用のラジエターがないからだ。電気のシステムで重要な役割を担うインバーターのための冷却気はバンパー下から採り入れる。
いっそ、パンテオングリルは廃して、グリルの輪郭線だけを車体に描くようにしたら、ボディの空力はもっとよくなるのではないだろうか。
私がそう言うと、ワーミング氏は「それをやったらロールスロイスではなくなってしまう」と反論した。
「極端なことをいえば、フロントの”トリニティ”さえあれば、ボディのデザインはどう変わってもロールスロイスらしさを保つ自信があります。他にないデザインで、一目で分かることこそ重要なんです」
他と違っていること。これはロールスロイスのSUVであるカリナンが発表されたとき、私は同じことを聞いた。
スペクターのボディは、しかし、ちゃんと美しい。堂々としているうえに、車体の長さを活かして、流麗な印象を作り出している。
「ルーフをいかになめらかにするかは、大事なテーマでした」
エンジニアリングのトップであるドクター・ミヒア・アヨウビは、スペクターの美は、デザインからだけで成立しているのではない、と教えてくれた。
「ルーフラインの美しさを際立たせるために、Aピラーから私たちが”アイランド”と名付けたリアコンビネーションランプのあるテールエンドまでは1枚のプレスです。1800トンのプレス機を用意して実現しました」
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美でもって乗るひとを楽しませてくれる。自動車メーカーは、言うまでもなく、つねにそのことを意識しているはずだけれど、スペクターではそこにさらに強く踏み込んだ印象だ。
ロールスロイスではいまオプションで「スターライトヘッドライナー」と呼ばれる、星座が見られる天井を選べる。スペクターではさらに踏み込んで、「スターライトドア」も設定された。
2ドアなのに、3210ミリのロングホイールベースを活かして、180センチのひとでも悠々座っていられる後席空間。そこにからだを落ち着けて夜のドライブをすると、スターライト内装のクルマでは宇宙のなかにいる気分になってくる。
後席からだと、天井とドアのスターライトが眼前に展開する眺めが堪能できる。2001年宇宙の旅ならぬ、2023年宇宙の旅。ナババレーでナイトクルーズを後席で楽しませてもらった私は感じ入ってしまった。
試乗に持ち込まれた車両は、車体色も内装の仕上げも多岐にわたっていた。ロールスロイスの顧客が好む「ビスポーク」(特注)の世界を一目でわからせてくれる配慮だとか。
ドライブすると、静粛性と、楽チンな操縦性と、快適な乗り心地というロールスロイスが重視する3つの要素が、電気化されてもきちんと守られている、とすぐわかった。
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電気自動車は大きなトルクを発進のときからドンッと出せるが、スペクターでは、それはロールスロイスではないと、アクセルペダルを踏み込んだときに動く量を長めにしている。
それが短いと、踏み込んだとたんに強いトルクが出てしまいがちだ。スペクターのばあい、最大トルクが900Nmとハンパないし。そうならないよう、徐々に加速していけるための配慮だそうだ。
これがたしかに気持ちよい加速感につながっている。ロールスロイスがこれまで手がけてきたV型12気筒ガソリンエンジンも、やはりジェントルな加速が出来たのをすぐ連想した。
悠揚迫らずというかんじで、すーっとなめらかに加速していく感覚が気持ちよい。
いっぽう、その気になって、アクセルペダルを強めに踏みこめば、3トンの重量など感じさせず、強い加速をみせてくれる。
サスペンションは、どんな走りかたでも、最適と感じられる動きを提供してくれる。ナパバレー周辺の山岳路をとばしてみたときも、驚くほど切れのよい動きを見せてくれた。
小さなカーブが連続していても、すいすいすいっというかんじで曲がっていける。こういうときは、スペクターに搭載されたサウンドシステムを併用するとおもしろい。
アクセルペダルの踏み込み量に応じて、独自の音がスピーカーから流れだす。強い加速のときと、ゆるやかな加速のときは音がちがうし、加速をゆるめたときも、それに応じた音が奏でられるのだ。
「どんな音を作るか、半年以上、サウンドエンジニアと話し合いました。アクセルペダルの踏み込み量に応じて、高音域、中音域、低音域どこを強調するかなど決めていったんです」
さまざまな楽器の演奏をたしなみ、自宅にミキシングコンソールまでそなえた小さなスタジオをもつ、デザイナーのワーミング氏は、うれしそうに話すのだった。
もちろん、「空飛ぶじゅうたん(マジックカーペットライド)」と表現されるように、静粛性の高さを好むなら、高い速度域までほぼ無音の世界を楽しむことも可能だ。
いずれにしても、開発者の趣味性がちょっと入っているような、クルマ好きなら嬉しくなるエピソードだと、私は思った。
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スペクターの価格は、ベースが4800万円。ロールスロイスの常として、オーナーのほとんどが「ビスポーク」プログラムを利用して、自分好みの仕様にするようだ。
Rolls-Royce Spectre
全長×全幅×全高 5475x2144x1573mm
ホイールベース 3210mm
車重 2890kg
電気モーター 全輪駆動
出力 430kW
トルク 900Nm
加速性能 0-100kph 4.5秒
最高速 250kph
価格 4800万円
ロールス・ロイス・モーター・カーズ