世界的文豪の原作を現代的なアプローチで映画化した、『ナチスに仕掛けたチェスゲーム』。ドイツの名優の演技が光る本作の見どころを紹介したい。
オランダのロッテルダム港からアメリカへと向かう豪華客船に、オーストリア系ユダヤ人、ヨーゼフ・バルトーク(オリヴァー・マスッチ)の姿があった。ヨーゼフはかつてオーストリアのウィーンで公証人を務め、芸術を愛し、愛する妻や友人たちとパーティを楽しむ生活を送っていた。
しかし、ドイツのオーストリア併合(1938年3月)によって、ヨーゼフの人生は一変する。ナチスの秘密警察(ゲシュタポ)に突然捉えられ、拷問の日々が始まる。ヨーゼフはオーストリアの貴族の資金を管理する仕事をしていた。貴族の財産を狙うナチスに目を付けられたのだった。
ヨーゼフが受けるのは拷問といっても、むち打ちなどの肉体的なものではない。もっと陰湿で残酷な方法だ。家具以外は何もない空間に閉じ込められ、食事を運んでくる警察官は一言も口を利かない。ヨーゼフは読書家だが、新聞や本の差し入れもない。ヨーゼフはどんどん痩せてやつれていき、発狂寸前となる。
そんな折、ヨーゼフは監視の目を盗んで、一冊の本を手に入れる。それは偶然にもチェスのルールブックだった。やったことのなかったチェスのルールブックを熟読し、自作のチェス盤を作り、極限状況の中をなんとか生きのびようとする。
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原作は、オーストリアの作家、シュテファン・ツヴァイクの「チェスの話」。ユダヤ人のツヴァイクはヒトラーがドイツの首相に就任した翌年、イギリスへ亡命する。ブラジルやアメリカを転々としながら、1942年にブラジルで書いたのが原作だ。ツヴァイクは「チェスの話」の完成後、自死を選んだ。ツヴァイクは、ファシズムによるヨーロッパの民主主義の崩壊に絶望していた。ドイツの敗北、民主主義の勝利を見ることなく死んだのである。原作を書いたツヴァイク自身の体験は本作の主人公に仮託されている。在りし日のヨーロッパへの郷愁を誘うと同時に、それと対照的なファシズム下での生活を描くことで、観客を絶望的な気持ちにさせる。
本作で特筆すべきは、主演のオリヴァー・マスッチの見事な演技だろう。劇場俳優出身のオリヴァー・マスッチは『帰ってきたヒトラー』(2015年)でアドルフ・ヒトラー役を好演し、一挙に有名俳優となった。『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』(2022)にも出演している。本作では撮影中止期間を設定し、体重減少の末に再撮影に臨んだという。深い絶望とかすかな希望の間で揺れ動く難しい役を見事に演じている。最後のエンディングは希望か、あるいは絶望か。多様な解釈が可能だ。見た人と語らいたくなる映画である。
『ナチスに仕掛けたチェスゲーム』
監督/フィリップ・シュテルツェル
出演/オリヴァー・マスッチ、アルブレヒト・シュッへ、ビルギット・ミニヒマイアー ほか
2021年 ドイツ映画 112分 7月21日よりシネマート新宿ほかにて公開。
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