今月のおすすめ映画①『小説家の映画』
葛藤を抱えた小説家と女優の、奇跡的な出会いを描く

恋愛映画の名手とも呼ばれるホン・サンス監督は近年、『逃げた女』『あなたの顔の前に』と女性の心の旅を描く映画を立て続けに発表して、新しい顔を見せている。ベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞した最新作『小説家の映画』もまた、ふたりの女性を主人公にした作品だ。
長らく新作を発表していない小説家が、ソウルから少し離れた町で出会ったのは、一度は映画界で成功を収めたものの近頃は出演作が途絶えている女優。小説家は彼女に、一緒に短編映画を撮ろうと提案する。
しばらく映画に出ていない女優に「もったいない」と繰り返す映画監督に、小説家は憤然として言い返す。自分の人生を楽しんでいる人を尊重すべきであり、「彼女の人生を本人よりももっと愛しているのか」と。キャリアの階段ではなく踊り場にいる小説家と女優が理屈を超えてつながり、人生を次のチャプターへと進ませていく。観客が、そんな奇跡的な瞬間を目撃する場面だ。あるいは、他者からジャッジされ続けてきた女たちの怒りをすくいとった場面とも言えるかもしれない。
小説家は自分がつくりたい映画について、熱っぽく語る。いわく、大切なのは好きな俳優を選んで落ち着く環境をつくり、湧き出るものを撮ること。共演者との出会いによって本当の感情が生まれるし、すべてが“本物”だけれど、ドキュメンタリーとは一線を画すものであること。“物語る”ことについても描いたこの作品は、ホン・サンスの映画論として観ても面白い。
一見、無造作な会話の中に人生の真理を忍び込ませるホン・サンス節はそのままに、瑞々しい感触に満ちた92分。しばしモノクロだった人生が突然の出会いによってふたたび色づき始めるようにカラーのパートが挿入され、鮮やかな後味を残す。

『小説家の映画』
監督/ホン・サンス
出演/イ・へヨン、キム・ミニ、ソ・ヨンファほか
2022年 韓国映画 1時間32分 6/30よりヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。
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