1940年、東京に生まれた写真家の本橋成一(もとはし せいいち)。1960年代から労働者をはじめとした市井の人々を写真と映画で記録すると、1968年には「炭鉱〈ヤマ〉」で第5回太陽賞を受賞して高い評価を得る。そして以後、サーカスや上野駅、築地魚河岸などに通っては作品を発表し続け、映画「アレクセイと泉」では第12回ロシア・サンクトペテルブルグ国際映画祭グランプリを獲得するなど映画監督としても活躍してきた。その本橋が深く敬愛していたのが、30歳近く年上であり、フランスを代表する写真家、ロベール・ドアノー(1912〜1994年)だ。
東京都写真美術館で開催中の『本橋成一とロベール・ドアノー 交差する物語』は、生まれた時代や地域こそ異なるものの、炭鉱やサーカス、市場といった同じテーマによるルポルタージュを残したふたりの写真家の活動をたどっている。1930年代のパリ郊外はジプシーやくず屋といった貧しい人々の集う地域だったが、ドアノーは汗を流して働く人々に共感を覚えながら撮影を続けている。一方、本橋も大学の卒業制作をきっかけに炭鉱の撮影をはじめると、失業した坑夫や家族と寝食をともにしながら、死と隣り合わせの労働者たちのすがたを写していく。そこに表されたのは、厳しい社会の渦の中にのまれつつも、慎ましく、また懸命に生きる人たちの誇りや輝きだった。
パリを舞台に見立てたドアノーにとって、乗り物やアトラクション、また光や音楽が混在する移動遊園地やサーカスも重要なモチーフとしていた。そして本橋も俳優の小沢昭一による連載「諸國藝能旅鞄」をきっかけに、1972年から大相撲巡業や大衆演劇、また現代では忘れられつつある小人プロレスやちんどん屋などを次々と撮っていく。そしてドアノーは生きる人々の集積であるパリという都市を自分の小さな劇場として、また本橋は雑多な者同士が共存する空間を広場として、人々のドラマをとらえ続けていった。ともに異なるものや人で溢れたパリのレ・アール市場や東京の築地市場の写真からは、失われたかつての風景に豊かな営みがあったことを気がつかせてくれる。
音楽家で俳優のピエール・バルーを介してドアノーとコンタクトが取れた本橋は、1991年、念願の対面を果たそうとフランスヘと向かう。しかし飛行機の到着が1日も遅れ、すでにバカンスに旅立っていたドアノーに会うことは叶わなかった。それでもドアノーは待ち合わせ場所のホテルに一冊の写真集、『La Compagnie des Zincs』(カウンターの輩) を置き土産として残し、「カウンターの輩には気をつけたまえ。 僕は奴らにとことんやられてしまったからね。」とするユーモアに満ちたをメッセージを添える。インタビュー映像にて「写真のイメージに色々なものを感じてもらって、自由に物語を想像してくれたらいいと思う。」と語る本橋。ふたりのヒューマニズム写真家の出会いから生まれる新たな物語を、東京都写真美術館の展覧会にて紡いでいきたい。
『本橋成一とロベール・ドアノー 交差する物語』
開催期間:2023年6月16日(金)~9月24日(日)
開催場所:東京都写真美術館2階展示室
東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内
TEL:03-3280-0099
開館時間:10時~18時
※木・金曜日は20時まで。ただし7/20〜8/31の木・金は21時まで。入館は閉館の30分前まで。
休館日:月曜日(ただし、月曜が祝休日の場合は開館、翌平日休館)
観覧料:一般¥800(税込)
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