【Penが選んだ、今月の音楽】
『ペタルズ・トゥ・ソーンズ』
チャットGPTなどの生成AIが急速な進化を遂げる中、音楽アプリの可能性を知らしめる型破りな新人が登場した。昨年、弱冠17歳にしてスポティファイUSバイラルチャートで1位を獲得した失恋ソング「ロマンティック・ホミサイド」で注目を集めたデイヴィッド(欧文表記はd4vd)だ。この曲だけでなく、彼の曲はすべて妹のクローゼットにiPhoneとワイヤレスのイヤホンのみを持ち込み、ひとりで制作したものだというから末恐ろしいにもほどがある。
もともとはプロのゲーマーを目指していたというデイヴィッド。動画サイトにアップしたゲーム実況動画(モンタージュ)が反響を呼ぶが、他人の曲を使ったため著作権侵害が発生。そこで音楽制作プラットフォーム「バンドラボ」の無料サンプルを使い、楽曲制作を始める。そうして生まれた「ロマンティック・ホミサイド」が爆発的な人気を呼び、ビリー・アイリッシュの所属レーベル、ダークルームとの契約に漕ぎ着けたのだから、音楽アプリの恩恵は計り知れない。
とはいえ、アプリだけで彼のような感情をゆさぶる曲が誕生するわけではない。「ロマンティック・ホミサイド」やTikTokで火がついた初メジャー・シングル「ヒア・ウィズ・ミー」のリヴァーブやエコーといった浮遊感のある空間系エフェクト使いのドリーミーでメランコリックなサウンドには、玄人筋も唸る音楽センスが息吹いている。アンビエントR&B然とした音づくりにネクスト・フランク・オーシャンの声が出ても不思議ではない。
既発のヒット曲に加え、念願叶ってアイスランドのSSWレイヴェイとのデュエットが実現した静寂のバラードやニルヴァーナ直系のグランジ曲などの新曲を含む9曲入りデビューEP『ペタルズ・トゥ・ソーンズ』で、無類の魅力にぜひ触れてほしい。
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※この記事はPen 2023年7月号より再編集した記事です。