音楽家・江﨑文武に聞く、音楽教育とファーストソロアルバムのこと

  • 文:林信行
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江﨑文武●音楽家。1992年、福岡市生まれ。4歳からピアノを、7歳から作曲を学ぶ。東京藝術大学音楽学部卒業。東京大学大学院修士課程修了。WONK, millennium paradeでキーボードを務めるほか、King Gnu、Vaundy、米津玄師等、数多くのアーティスト作品にレコーディング、プロデュースで参加。映画『ホムンクルス』(2021)をはじめ劇伴音楽も手がけるほか、音楽レーベルの主宰、芸術教育への参加など、さまざまな領域を自由に横断しながら活動を続ける。

肩書は「音楽家」。しかし、江﨑文武はその枠内に収まらないクリエイターだ。2023年5月20日の土曜日、江﨑は子ども達が本物のクリエイターから直接学べる施設「代官山ティーンズ・クリエイティブ」にいた。この日、彼は1日限りのアートスクールの先生だ。

「とにかくなんでも自分でつくるのが好き」という江﨑。最近では楽器演奏者のための家具をつくっているが、この日は自らつくったピアノ奏者のための服を着て現れた。

iPadを使って、「5月20日の音楽」をつくる

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音楽経験や年齢もバラバラな9人の生徒が集まった。

スクールに集まったのは小学1年生から大学生までの9人の生徒たち。まず江﨑は、「音と音楽の違いってなんだろう?」という質問を投げかけ、「なにかの叩き売り」をしている男の声を再生する。

「これは音か? それとも音楽か?」

ほとんどの生徒が「音」と答えた。

続いて、その声に同じ音程の楽器音を重ねたもの、さらに伴奏やドラムを重ねたものを再生。笑いながらも戸惑う生徒たち。これは音か? 音楽家? と聞くと、意見が分かれてきた。

スクールが始まった時は、これだけ年齢差のある教室がまとまるのかと心配だった。しかし、いちばん歳下の小学1年生の生徒が「音はどんなものでも生み出せるけれど、音楽は人間にしかつくれないんじゃないの?」と本質をついた答えを言い放ち、江﨑をはじめ、ほかの生徒たちも目を丸くしたあたりから、誰も歳の差を気にせず、お互いを尊重し助け合う良い雰囲気ができあがっていた。

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江﨑のレクチャーのもと、「Koala Sampler」というアプリを使用して、各々が楽曲制作を行なった。

この日、江﨑が掲げたメインテーマは「『5月20日の音楽』をつくろう」というもの。

生徒たちが家や会場でiPhoneを使って採取してきた音をiPadに取り込み、「Koala Sampler」というアプリで加工して音楽に仕立てていく。キッチン家電の音や髭剃り音、兄弟の歌声、楽器の音、工具の音……その日、採れたての新鮮な音が、一生の思い出となる音楽へと姿を変え、発表された。

会の冒頭から目立ち続けていた小学1年生は、誤操作で出た「キーン」というハウリング音が面白いとその場で録音。これを激しめのドイツテクノ音楽のように加工し、演奏していた。実はピアノなどの音も録音していたが、ハウリング音のインパクトには勝てなかったようだ。

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授業は終始、和気あいあいと行われた。

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自ら楽器を弾いて音を取り込む生徒も。

この日、唯一の大学生は風鈴の音に多重エフェクトをかけ、年長者らしい深みと広がりを表現してみせた。その日の生徒たちの優秀さには、江﨑自身も驚いていたようだ。2時間近い授業だったが、生徒たちの好奇心やクリエイティビティが徐々に花開いていく様子が感じとれる、良い時間だった。と同時に、江﨑の教育者としての素質が感じられる時間でもあったが、江﨑自身は「(生徒たちが)こちらの想像をはるかに上回ってきた。やはり大人は子どもを見くびってしまっていますね。彼らが相手なら、もっと音楽的に突っ込んだ話をしても良かったかも」と少し反省気味だ。

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初対面の生徒同士で教え合うシーンも見られた。

このように「教育」は、江﨑の大きな関心事の一つだ。大学院まで公立校で学んできた江﨑は、公教育には良いところもあり感謝もしているが、縦割りの教科教育をいまだに続けていたり、芸術教育が軽んじられていたりといったところに、問題意識を感じている。そうした思いで、20歳の頃から教育系ベンチャーに勤めたり、渋谷PARCOにあるオルタナティブ教育の学び舎「GAKU」で講師を務めたりと、積極的に教育に関わってきた。目指すのは「領域を横断したプログラムや新しいアートの教え方」だ。

「なんでも自分でつくるのが好き」という江﨑は、教育ではそうした「場づくり」を楽しんでいるようで、教えることで自ら触発される部分も大きいという。まるで音叉が共鳴し合うように、5月20日の音楽を追求したスクールは、江﨑自身の心にも響いたものがあったようだ。

「小学1年生の子が、iPadで偶然起きたハウリング音をそのまま取り入れて曲にしたのに驚きました。自分はどうしても『しっかりつくろう』とピアノやディスプレイに向き合ってしまう。彼みたいにもう少し偶然性に任せたつくり方をしてもいいのかな」と触発されていた。

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会場にはピアノやギターなどさまざまな楽器が用意されていた。
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生徒と活発にコミュニケーションをとる江﨑。

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ファーストアルバムで挑んだ、2つのチャレンジ

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そんな江﨑は、個人の創作でも大きなチャレンジを終えたばかりだ。

5月31日、彼のファーストソロアルバム『はじまりの夜』がリリースされた。コンセプトは3年前に決まっていて、そこから少しずつ曲を書き溜めてきた。アルバムで目指したのは、江﨑自身の音楽的ルーツへの回帰だ。

元々、好きだったのはクラシックとジャズ。その中でも静かな音楽ばかりを聴いてきた江﨑だが、気がつくと友人たちとJ-POPやヒップホップ、R&Bやソウルといった音楽をやっていた。それはそれで好きだが、「自分の名前でやるんだったら、やはり"自分の好き”と向き合わないといけない」と感じた江﨑は、改めて自らのルーツに改めて光を当ててみたくなったと言う。

そんな彼は、名著『陰翳礼讃』を書いていた頃の谷崎潤一郎の境遇に親近感を覚えた(アルバムの中の1曲にこのタイトルがついている)。

「バンドの友達との出会いは最高の出会いで、いまでも皆に感謝しているけれど、少しだけ『やってきた黒船』みたいな感覚に近い部分もあって。改めてもともと自分がもっていたものはなんだっけ? と考えさせられたんです」

また、これまでやってきた音楽表現は西洋的なフォーマットでつくったものが多かったが、それとは違う「もうちょっと日本に根付いた美学みたいなものに、目を向けた音楽も作れたらいい」という思いがあった。

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新たな挑戦となった「空間オーディオ」を前提とした曲づくり

アルバムづくりではこうしたコンセプトレベルでのチャレンジに加えて、最新テクノロジーも取り入れた。

「テクノロジーは好きなので、"かっこよくなるまで待つ"みたいなスタンスではなくて、ファーストペンギンとしてなんでも試していきたい」という江﨑。

今回、Apple Musicが提供する「空間オーディオ」を前提とした曲づくりに挑戦した。空間オーディオとは、Dolby Atmos(立体音響技術)を取り入れた、一つひとつの楽器の配置まで分かりそうな立体的な音を再現する機能だ。これまでにも何枚かのアルバムでこの空間オーディオ用のミキシングを行ったが、今回のアルバムは当初から空間オーディオを念頭に置いて制作した。

「アトラクション的な要素ではないかと懐疑的なミュージシャンもいるけれど、音で空間を創出できるってすごいことだなと思うんです。ぜひ今回のアルバムは、空間オーディオで聴いてほしいです」

まだ誰も正解を見つけていない表現方法であることも、大きな魅力だと感じている。

「これだという表現を自分で見つけ出すのが先か、それともビリー・アイリッシュみたいなアーティストが先に見つけてしまうか」と新たなフロンティアの出現に、いまでも興奮している様子だ。

本アルバムの空間オーディオ表現で、江﨑が最も思い入れがあるのが「抱影 (feat. 角銅真実) 」と言う曲だ。

母が子に歌う子守唄のように、リスナー1人のために歌われているような曲をつくりたいと思った。そうした雰囲気や気配を感じさせるために空間オーディオは最適だった。

これまでのフォーマットとは異なる音楽で、もしかしたら世界でも成功できる可能性があるのが、国際的な音楽配信プラットフォームの魅力だと話す江﨑。自身でも、日本的な美学を追求した音楽で世界を目指している。

江﨑がその成功例として挙げたのは、ファッションブランドのイッセイ ミヤケだ。洋服という「洋のフォーマット」の中で、『一枚の布』というコンセプトを和の心と共に貫くイッセイ ミヤケは、大好きなブランドであると同時に、少し嫉妬心も感じる存在だ。

「真にインターナショナルなものは、実はナショナル」という宮崎駿のことばも大事にしている。その多彩な創作が、これから少しずつ世界でも花開いていくことに期待したい。

江﨑文武 1st Album『はじまりの夜』

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