日本の映画・ドラマに欠かせない名バイプレイヤー、光石研。先日、カンヌ国際映画祭のACID部門で上映された『逃げきれた夢』は、彼にとって12年ぶりの単独映画主演作だ。
光石の故郷・北九州を舞台にした本作。定時制高校で教頭を務める主人公・末永周平が、徐々に記憶が薄れていく症状に見舞われたことをきっかけに、家族や友人との人間関係やこれまでの人生を見つめ直していくという物語だ。
監督を務めたのは、近年俳優としても活躍し、光石に憧れを抱き続けてきたという二ノ宮隆太郎。公開を前に行われたこの対談からも、お互いへの惜しみないリスペクトが伝わってくる。
光石さんが好きで、同じ事務所に入れていただいた
――お二人は同じ事務所に所属されていますよね。二ノ宮監督は光石さんのファンだったそうですが、出会いから教えてください。
二ノ宮 光石さんは本当に尊敬する大先輩です。数年前に一度、光石さんがヤクザの親分で、自分がいちばん下っ端という役どころで共演する機会がありました。そのとき、まだお会いする前に自分が撮った『枝葉のこと』(2018年)という映画を観てくださいとお願いをしたら、観てくださったんです。しかもハガキで「面白かったです」と感想を伝えてくれました。
光石 『枝葉のこと』は二ノ宮さんが脚本を書いて監督をして、さらに主演もしている作品なんです。まるで北野武さんだ、と思いましたよ。なかなかできることじゃない。
二ノ宮 いただいたハガキは汚さないように、きれいなところにしまっています(笑)
その後、『枝葉のこと』がシアターイメージフォーラムで上映されたときに、いまの事務所の社長が観に来てくれました。「光石さんが好きなので事務所に入れてください」とお願いしたら、監督として入れていただくことになったんです。
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脚本執筆のため、ふたりでともに北九州へ
――『逃げきれた夢』は、光石さんに当て書きした脚本だそうですね。脚本を書く際には、光石さんへのインタビューもなさったのでしょうか。
光石 たまたま僕が九州に帰る用事があったときに、監督から「僕も行ってもいいですか?」と言われて、一緒に帰ったんです。半日くらい僕の地元の黒崎という町をまわり、知り合いのところへ挨拶しに行きました。そこまで細かい思い出話はしていないんですけど、監督はそのときのことを踏まえて脚本を書いてくださっています。
二ノ宮 光石さんは、「黒崎商店街PRコンテスト」の審査員のために帰郷されたんですよね。18歳まで過ごされた場所を一緒に見て回ることで、そのときの感覚みたいなものを教えてもらったというか……。うまく言えないのですが、ふたりで散歩させていただいたことが(映画をつくる上で)とても大きかったです。
光石 監督は前の映画でもご自分のお父さんを出演させていたり、撮影場所にご自宅を使ったりしていて、あまり嘘をつきたくない方なのかなと感じました。映画はフィクションですが、なるべくリアリティのあるものをつくりたいという思いが監督にはありますよね。まあ、こっちとしては、くすぐったいですよ。生まれ育ったところで、 役に紛してロケをするというのは(笑)。でも方言も含めて、土地が味方してくれるような感覚はありました。
―― 完成した脚本を読んだときに、主人公の周平とご自身が重なる点はありましたか?
光石 僕が話したエピソードも脚本にちりばめられているのですが、あくまで自分とは異なる人物として捉えました。この映画は、たまたま街にいた普通のおじさんの数日間にスポットを当てた作品だと思っているんです。決して特別な瞬間だけを捉えたわけではなくて、同じようにここで描かれる前の人生もあったし、ここから先の人生もある。だからあまりドラマチックに際立たせるようなことはせずに、台本通りにやればいいと思っていました。監督、それは間違ってなかったですか?
二ノ宮 はい。最初に本読みをさせていただいた時から、自分のつたない脚本を本当によく汲み取ってくださっていました。その感覚がすごいなと思っていました。
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今回は三脚で構え、腰を据えて撮影した
――二ノ宮監督は演出をする上でなにを大事にしている方だと感じましたか?
光石 ご自身が俳優さんなだけに、俳優部が現場に持ち込む"熱"みたいなものはすごく大切にしていました。俳優に寄り添った演出をなさる人だなと思いました。
二ノ宮 自分は役者としては不器用なので、自分が監督から言われたら理解できないような、難しいことは言わないです。「自分だったら監督がこう言ってくれたら嬉しいだろうな」と考えたり……。そういうところはあると思います。
――現場ではモニターを見ていることが多いですか? それともカメラの横にいることが多いのでしょうか。
二ノ宮 基本的にはモニターで見るんですけども、周平が妻と娘に思いを吐露するシーンは、モニターを通さずカメラの横に行きました。
光石 周平が酔って帰って来て、思わず出た言葉にだんだん拍車がかかってきて、結果さらに家族との距離ができて、空回りするというシーンでしたね。自分の家の3軒隣りの家族を見ているような感覚になります。「どうやら教頭辞めるらしいよ」、なんて感じで(笑)。監督は今回、いままでの作品のように手持ちカメラで物語の中に入っていくのではなくて、三脚でドンと構えて腰を据えて撮っているんですよね。それもこの映画にとても合っていたと思います。嫌なもの、見たくないものを覗き見るような感覚になる時もあるわけですが。
二ノ宮 この撮り方にしよう、というのは脚本を書き始めた時から決めていました。いままではワンカットで撮ることが多かったのですが、登場人物の表情で表現するということに今回は挑戦し、勉強にもなりました。
――記憶が薄れていく症状に見舞われた周平は、家族も含めてこれまでの人間関係を見つめ直そうとします。もしも周平と同じ状況になったとき、おふたりはどのように行動すると思いますか?
光石 監督はまだ若いですけど、僕にとっては身につまされるような話ですからね。日に日にセリフ覚えが悪くなっているのも感じていますし(笑)。自分だったらどうするんだろうなぁ……。50代の頃は最後の最後まで現場に行きたいと思っていたけど、それはやっぱり周りに迷惑なんですよね(笑)。 現場に行きたいのは山々ですが、現実問題としては九州に帰るかもしれません。
二ノ宮 まだ若いと言ってくださいましたが、自分は映画をつくっていなかったら常に酔っぱらって記憶がない……というような人間なので、脚本を書く上でその点は想像はしやすかったです。
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光石さんに唯一、NGを伝えたシーン
――監督が感じている、光石さんの魅力について改めて教えてください。
二ノ宮 あの、そうですね……。カメラの前にいるときになんというか、う~ん……。
光石 しどろもどろになってるじゃない(笑)
二ノ宮 違うんです。インタビューを受ける度に、光石さんの前で同じことばかり言うのが申し訳なくて。でも本当にそこにいるというか、ナチュラルなお芝居と言ってしまったらそれまでかもしれないのですが、カメラを覗いても覗かなくても、本当にそこにいる人間に見えるんです。お芝居が上手いのはもちろんなんですけど、どうしたらそんな風に佇んでいられるんだろうと思いながら、ずっと見させていただきました。
――光石さんはどのようなことを現場で心がけていますか?
光石 遅刻しない。あとはとにかく、ひとりではなく「組」として現場を楽しむってことですね。僕はどこかの部署が際立つのはいいことではなくて、みんな平等だと思っています。言ってしまえば映画づくりはあくまで娯楽で、世の中に必ずしも必要なものではないじゃないですか。でもそれを観てくださる人がいるわけだから、その人たちのためにも大真面目に楽しむ。そこが一番大切じゃないかな、と思っています。いい大人たちが学芸会の延長みたいなことをやらせてもらえる状況にあるって、すごいことですよね。
――“楽しむ”の中には、監督にお芝居のアイデアを提案することも含まれているのでしょうか。
光石 僕らの世代は、監督に物申すってことが御法度だったんですよね。二ノ宮さんは若いですし、役者同士として仕事をするときには同僚ですけど、 監督となると、あまり自分からこうしようぜって伝えるわけにはいかない。監督は映画を指揮して司っている人ですからね。でも今回一度だけ、娘と話しているシーンで、武田鉄矢さんのモノマネをアドリブで入れてみたんです。そうしたら「ダメです」と言われて、「あ、さては海外狙ってるな」と思いました(笑)。
二ノ宮 そこは僕が唯一勇気を出して、NOと言わせていただいたところです(笑)。けど本当に海外で上映できることなったのはよかったです。
――そのシーン以外は、すぐOKが出たのですか?
二ノ宮 光石さんだったらこのシーンはこういう風に、と想像して脚本を書いたので、お芝居に関しては自由にやっていただいて、最初からスムーズだったと思います。
光石 ちょっと変な言い方になるかもしれませんが、僕は“役者を撮る”監督よりも“映画を撮る”監督が好きなんです。演技の演出ばかりじゃなくて映画監督をしてほしい、と言いますか。「俺はこういう感じで撮るけど、芝居はそっちに任すよ」と。まずはやってみて、それを見た監督が「もうちょっと考えてみて」とか「こっちの方が面白いかもしれないね」とコミュニケーションを取りながら進んでいく現場が好きです。
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自分にとっては、あとから何度も振り返ることになる作品
――光石さんのお父さんも出演されていますね。
二ノ宮 はい。介護施設で暮らす周平の父親を演じてもらいました。とてもかっこいいダンディなお父様なので、役柄のためにそれを削ぎ落とすのが大変でした。
光石 僕としては恥ずかしさの極みでした(笑)。親の前で普段の仕事を見せるなんて、いままでしたことがなかったですから。でも若い人たちがたくさん来て面倒を見てくれるから本人は楽しかったみたいで、親孝行できてよかったです。
――光石さんにとっては12年ぶりの単独主演作で、監督にとっては光石さんの主演作を撮るという夢が叶った作品です。おふたりにとって『逃げきれた夢』は、今後のキャリアの中でどのような位置付けの作品になりそうですか?
光石 先ほども言ったように、当初はあまり気負うことなく、普段の仕事と同じように捉えていました。でもカンヌでの上映が決まったことも含めて、だんだんといい作品に出会えたなという実感が湧いてきて、二ノ宮監督には感謝しかないですね。スーパーヒーローが出てくるような映画じゃないことが、むしろ良かったのかなと思っています。
二ノ宮 いまでも光石さんと映画をつくったのだということが実感できず、ふわふわしている感じです。これからも映画は撮り続けると思うのですが、自分の思いがここまで詰まった作品は初めてだったので、あとから何度も振り返ることになると思います。
『逃げきれた夢』
監督・脚本/二ノ宮隆太郎
出演/光石研、吉本実憂、工藤遥、杏花、岡本麗、光石禎弘、坂井真紀、松重豊
2022年 日本映画
1時間36分 6月9日より新宿武蔵野館ほかにて公開。
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