<医療機関が十分に活動できないウクライナから、多くの負傷者を収容。EU域内など高度な体制の整う施設へ搬送し、命をつないでいる>
傷ついたウクライナの兵士を救うため、ノルウェーのスカンジナビア航空(SAS)機による航空医療搬送(メディバック;メディカル・エバキュエーション)が行われている。ウクライナ国外の病院へ移送しながら、同時に手当を施すことが可能だ。
同社が所有するボーイング737小型ジェット旅客機を改装したもので、「フライング・ホスピタル」の愛称で呼ばれる。内部には通常の座席列の代わりに、2段式の治療用ベッドが複数設置されている。民間の乗員によって運航され、医療スタッフが同乗し飛行中の治療・看護に当たる。ノルウェーとEUが共同で事業を実施しており、これまでに約2000人の負傷者を救護した。
AFP通信は「空飛ぶ病院」として同機を取り上げている。
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前例ない規模の搬送体制、「記録的な速さ」で確立
同機は、一度に最大20人の負傷兵を収容・輸送する。担架サイズの簡易的な病床のほか、人工呼吸器や輸血装置、血圧や酸素飽和度などを読み取るバイタルサインモニターなどが備わる。ノルウェー軍の医療部隊に所属するホーコン・アサック中尉は、AFPに対し、「空中を飛ぶ小さなICU(集中治療室)のようなものです」と例えている。
EUの緊急対応調整センター(ERCC)に務めるフアン・エスカランテ氏は、AFPの取材に応じ、「ウクライナからの要請を受け、この枠組みを立ち上げました......ウクライナの病院の負荷を軽減する目的があります」と説明している。大陸レベルでの航空医療搬送としては前例のないものだったが、「記録的なスピードで」実施に移されたという。
記事によると、ある輸送では、ウクライナから70キロの地点にあるポーランドのジェシュフ・ジャションカ空港でウクライナの負傷兵を収容した。治療を続けながら2日間をかけて飛行し、アムステルダム、コペンハーゲン、ベルリン、ケルン、そして最終目的地であるノルウェーのオスロまで負傷者をそれぞれ送り届けたという。
負傷者の救護は、ヨーロッパがロシアに対し、武器を使わず対抗する手段でもある。スペインのマルガリータ・ロブレス国防相は昨年、ウクライナの人々を収容する北東部サラゴサの軍事病院を訪れた際、治療は「プーチンと戦うもうひとつの手段です」と語っている。
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砲弾受け、右目と鼻が裂かれた重傷の兵士
ノルウェー以外ではフランスも、航空医療搬送機をウクライナに派遣している国のひとつだ。英スカイニュースは、この輸送により一命を取り留めた元兵士のケースを報じている。
ウクライナ軍の第808支援連隊に所属していた30歳男性のマクス・ホロベツ大尉は、ロシアによる侵攻を受けた直後の昨年3月、南部ザポリージャに配置されていた。攻撃を受けて橋が損傷し、これによって橋に沿って走っていた通信網が遮断されたため、状況を確認すべく兵士2人とともに現地へ急行したという。
ところが、ホロベツ氏たちはロシア軍に発見され、砲撃を受けてしまう。砲弾の破片が顔面を直撃し、氏は重傷を負った。スカイニュースに対し、「(砲撃が)止むのを待って帰還しようとしたその瞬間、いくつもの砲弾が飛んできたんです。すぐにしゃがみ込んで顔を向けたところ、(破片を)頭部に食らいました」と負傷の瞬間を語る。
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フランスから救護に飛んだ医療搬送機
ホロベツ氏は右目の周囲一帯と鼻の一部が裂かれる重傷を負い、顎の骨と頭蓋骨の右側も大きく砕かれた。ザポリージャなどウクライナ国内の外科医が処置を施したが、十分ではなかったようだ。戦禍のウクライナの医療施設では対応できない高度で長期にわたる医療が必要だった、とスカイニュースは指摘している。
やっとのことでアイルランドの首都ダブリンに病床の空きが見つかり、フランスから航空医療搬送ジェットが飛んだ。「すべてがとても迅速でした」とホロベツ氏は振り返る。氏にとってアイルランドが、初めての海外となった。
アイルランド国内でも病床が逼迫していたことなどで、治療には時間を要したようだ。だが、より専門的な手当を受けることができた。右目や鼻の周りはあちこちが痛々しく縫合されていたが、いまではすっかり元通りとなり、傷跡はまったくと言えるほど目立たない。
「顔を取り戻せるよう力になると、皆が言ってくれたんです」「元通りになって、みんなで喜んでくれました」とホロベツ氏は語る。
ウクライナでは、多くの医療機関が被害に遭っており、物資も不足している。EU域内などでの治療を可能にする航空医療搬送機は、負傷者の生命線となっているようだ。
※この記事はNewsweek 日本版からの転載です。