自然の力強さを味方に、クラフトスピリッツをつくる。蒸留家が営む二拠点生活

  • 写真:斉藤有美
  • 編集&文:渡邊卓郎
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海の街、鎌倉で生まれ育った瀬木暁さんはコロナ禍をきっかけに、理想のスピリッツをつくるため、野尻湖畔で蒸留所を始動させた。そんな瀬木さんの暮らしを、現在発売中のPen最新号『理想の暮らしは、ここにある』より抜粋して紹介する。

Pen最新号『理想の暮らしは、ここにある』。都心にこだわらず、好きな場所に住み、自由に働く……。オフィスから離れて仕事をこなし、家族との時間を優先する。そんな“当たり前”の生活を実践する人が、「新しい働き方」をトリガーに、さらに増えている。「理想の暮らし」とはいったいどんなものなのか? 第2特集は『マティスの部屋』。近代美術の巨匠、アンリ・マティスが暮らしたユニークな部屋から、彼の絵画世界の魅力を考える。

『理想の暮らしは、ここにある』
Pen 2023年6月号 ¥880(税込)
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二拠点 長野県・信濃町⇄神奈川県鎌倉市

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瀬木 暁●farm & distill蒸留家。1981年、神奈川県生まれ。蒸留家。鎌倉の惣菜バル『オイチイチ』店主。2020年に鎌倉と長野・信濃町での二拠点生活を開始。築145年の古民家をリノベーションした蒸留所「YAMATOUMI farm & distill」を設立。www.instagram.com/yamatoumi_farm_and_distill

東京都心との二拠点生活の場として人気の高い長野県。冷涼な気候で標高の高いこうした場所に移住者が増えているのは、地球温暖化の影響や縄文時代の集落との関係があるかもしれない。縄文時代はいまよりも平均気温が高く、日本全国に点在する縄文集落はおおむね標高の高いところで確認されるという。縄文の人々が暮らしていたそんな場所に、再び人が集まっているというのも興味深い。

「長野が好きでよく通っていました。なかでも北信地方は自然の力が強いこともあって、ずっと惹かれていたんです」

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蒸留する場所選びの条件は、「とにかく眺めのいい場所」だった。作業中は外を見る時間もないので、事務作業の合間に野尻湖を見渡せるよう、眺めのいい場所にデスクをセットした。

鎌倉で生まれ育った蒸留家の瀬木暁さんが北信地方で二拠点生活を始めたのは2020年の秋。

「コロナ禍で自分の中で大きな意識の変化がありました。それまでの自分は人と人がつながっていれば国境は関係ないと思っていたんですけど、あの時、国境の大きな壁みたいなものを感じて、自分は日本に暮らす日本人なんだと強く意識させられました。海外どころか日本国内でも行動の不自由さを感じている時に、これは拠点がもうひとつあったほうがいいと思ったんです」

二拠点目の候補として「水がいい土地」というのが、条件にあった。その点、水道水源が湧水と井戸水である信濃町は最高の条件。まずは暮らしを整えるのが優先だったが、蒸留所をつくるイメージをもっていたため、良質な水が必要だったのだ。

「鎌倉で10年間、酒を出す店をやってきましたが、自分でつくることに興味があったんです。コロナ禍で店が開けられない期間、鎌倉のヨロッコビールの手伝いをしている時にブルワーの吉瀬明生さんにアドバイスをもらったことが後押しになり、蒸留家になる決意をしました。そんな時に145年前に建てられた古民家に出合ったんです。手に入れることはできましたが、1世紀半分のモノがあふれていて、とにかく片付けが大変でした。始めの半年間はひとりでひたすら片付けと解体作業の日々でした」

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左:古民家の梁や屋根をそのまま活かした状態では保健所の許可が下りなかったため、建物内部に白木で箱状の部屋を造作。瀬木さんは「ハウス・イン・ハウス」と呼ぶ。右:蒸留所内には瀬木さんのDIYによる家具がいくつも置かれていた。写真のローテーブルも古民家の解体時に出てきた天板と鎌倉の解体現場で収集した鉄脚を組み合わせたもの。

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蒸留所工事には地元の工務店が入ったが、瀬木さんはハーブ栽培から蒸留まですべてひとりで作業を行う。古民家のまわりを開墾してつくった畑で育てているボタニカルは約20種。収穫されたハーブや花は乾燥させ、蒸留時に加えることで、スピリッツの味を決めるフレーバーとなる。

「鎌倉に暮らす畑の師匠に分けてもらった種や苗を中心に栽培しています。こっちは雪も多いですし、生まれ育った土地とはまるで異なる環境なので、畑もトライ&エラーを繰り返しながら進めていますが、楽しいですね」

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左:3月末に念願のファーストバッチがリリースされた。自身のスピリッツや長野の仲間を集めて行うポップアップショップを鎌倉で定期的に開催している。右: 蒸留室にはミラーボールが設置されていて、日が暮れると別世界になる。

日本有数の豪雪地帯に位置する信濃町。1年目は想像を超えるような降雪があったという。確かに除雪は大変だが、雪は瀬木さんにスキーという喜びをもたらすギフトでもある。雪の時期の朝は斑尾など近隣のスキー場で滑ってから、蒸留所に向かう。

「冬の雪下ろしも、夏の草刈りも自然の力強さをまざまざと感じさせられます。不便が嫌だったらこの土地に暮らしていません。それを楽しんでいるのもありますし、そもそも便利さを求めていないのかもしれません。自分でできることが増えるのが喜びなんですよね。この土地に来て、どんな土地でも暮らしていける自信がつきました。暮らしのスキルを上げていくのが、自分のなかのテーマでもあるんです」

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左:クラフトジンにカテゴライズされる瀬木さんのスピリッツ。クラフトジンの定義に明確なものはないが、特徴としてその土地特有のボタニカルを使って個性を出すことが多い。「YAMATOUMI farm & distill」のスピリッツはふんだんに使用されるホーリーバジルの香りが大きな個性。右:「この景色があるから蒸留所を野尻湖畔に決めました」。天気のいい夕暮れには、毎日のようにドラマティックな瞬間が訪れる。

快適さや便利さを求めるなら、無理に都会を離れる必要はない。環境を楽しむマインドとスキルこそが、新しく豊かな暮らしを切り拓くのだろう。

 

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荒れ果てた耕作放棄地を自ら開墾して、種や苗を植えた「YAMATOUMI farm & distill」蒸留所前のハーブ園。手摘みで収穫された数々の花やハーブは乾燥させ、スピリッツの風味づけに使われる。

 

セカンドハウス、二拠点、移住、新しい働き方
『理想の暮らしは、ここにある』

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