KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2023が、京都市内19ヶ所の会場で開催されている。テーマは《BORDER=境界線》。あらゆる生命体はさまざまな境界線をもち、その境界線が個々の存在を形成している。線として目に見えるものはほとんどなく、自分で作ったものなのか他人によって作られたものなのか、守るべきものなのか超えるべきものなのか、明確な答えがあるわけでもない。個人の関係から家族や友人の小さなコミュニティ、国や民族といった広いトピックまで、境界線について考えるきっかけが写真表現から生まれるのではないか。二条城や両足院といった歴史的な建造物をはじめ、市内各所に写真を軸とするインスタレーションが展開する。
---fadeinPager---
KYOTOGRAPHIE創立のきっかけとなった老舗帯屋・誉田屋源兵衛
KYOTOGRAPHIEの特性のひとつに挙げられるのが、展示が行われる会場の豊かなバリエーションであり、その特性を活かした魅力的なインスタレーションだ。共同創設者/共同ディレクターのルシール・レイボーズと仲西祐介が、文化的な土台と新たな表現を受け入れる革新性を併せ持つ京都であれば、国際写真祭を立ち上げられると考えるきっかけになった場所がある。ダンサーの田中泯によるパフォーマンスが行われていた、京都・室町で西陣帯地製造卸を営む誉田屋源兵衛(こんだやげんべい)の町家空間だ。第1回KYOTOGRAPHIEより展示会場として使用されているこの場所の竹院の間で開催されているのが、石内都と頭山ゆう紀の2人展『A dialogue between Ishiuchi Miyako and Yuhki Touyama 透視する窓辺』 with the support of KERING'S WOMEN IN MOTION。ケリングがアートやカルチャーの世界で活躍する女性に光をあてるために2015年に発足した「ウーマン・イン・モーション」との企画として、石内都が次世代の女性写真家を指名して2人展を実施することが決まった。
生前にわだかまりのあった母親と自分。近くにいながらもコミュニケーションをうまく取れずにいた母が他界すると、石内は深い喪失感と悲しみに襲われ、作品にしようという目的もなくただその遺品を撮影することで喪失感を埋めようとした。そして数年が経ち、自分の母に対する気持ちと写真を客観視することができたとき、『Mother's』として作品になった。今回もその『Mother's』を展示し、2人展の相手には、2006年の『ひとつぼ展』で審査員として作品を評価した頭山ゆう紀がすぐに思い浮かんだ。癌に冒された祖母を介護しながら、病床の祖母の視線に寄り添えないかと撮影した庭の写真や、買い物に出る際に息抜きとして撮った外の景色。頭山と石内の写真には喪った女性への想いが見え隠れし、町家の空間が共鳴音で満たされたようなインスタレーションとなっている。
誉田屋源兵衛の奥に位置する黒蔵でも印象的な展示が行われている。9年間断続的に屋久島にわたり、毎回単身で1カ月を森で過ごした山内悠『自然 JINEN』With the support of FUJIFILM。森の深い自然に身を置くと、不安や恐怖が自分のなかで湧き上がってきた。しかし猿や他の動物は何事もなく活動している。昼夜問わず森を歩き、内なる感情と向き合うなか、あたかも表情を持ったかのような巨木と出会い撮影した。「樹と自分自身がつながり、自然と自分との境界線が曖昧になった」と語る山内の、巨木や岩を撮影した幻影的なイメージが蔵の暗い空間に浮かび上がる。
---fadeinPager---
ファッションとアートに境界線はあるのか
二条城 二の丸御殿 台所・御清所で圧巻の展示を展開したのは、東京都現代美術館で開催中の『クリスチャン・ディオール 夢のクチュリエ』でもインパクトを放つ高木由利子だ。ファッションフォトの数々を手がけてきた彼女は、その傍らでライフワークとして民族衣装を着る各地の人々を撮影してきた。展示タイトルは『PARALLEL WORLD』Presented by DIOR。共時的に存在するふたつの世界として、民族衣装のシリーズ『Threads of Beauty』と、ディオールやイッセイ・ミヤケ、コム デ ギャルソンなど80年代から撮影してきたファッション写真をあわせて展示する。砂漠のノマドが着る民族衣装もセレブリティが選ぶオートクチュールのドレスも、それぞれに愛と誇りを持って生み出されたことが高木の美しい写真から伝わってくる。
---fadeinPager---
国境としてのBorder
東京・銀座のシャネルネクサスホールで開催され、巡回展示が行われているマベル・ポブレット『WHERE OCEANS MEET』 Presented by CHANEL NEXUS HALL。キューバ出身で、現在もその美しい自然と移民などの現実との双方に目を向け、制作を続けているアーティストだ。海は自分を他の世界と切り離すものであると同時に、他の世界の岸辺とつないでくれるものでもある。京都市文化博物館 別館が会場となり、海の潮流を追いかけるように作品を体験できるインスタレーションが生まれた。
スペイン出身のジャーナリストでドキュメンタリー写真家であるセザール・デズフリが着目してきたのは、移民、アイデンティティ、人権問題といったテーマだ。今回の展示タイトルは『Passengers 越境者』With the support of Cheerio Corporation Co., LTD.。ドイツのNGO団体「ユーゲント・レッテト」が所有する難民救助船イウヴェンタ号に3週間乗船し、リビア沖を漂流するゴムボートから救出された118名の難民を撮影した。シチリア島で下船し、各地へと散っていった彼らを追いかけ、それぞれの物語を聞き出そうと試みた。船での出会いを軸に、そこから展開する話を可視化し、難民が生まれる根底にはどのような問題があるのかを語り継ぐべく、デズフリが紡ぐドキュメンタリーが集められた。
世界倉庫と名付けられた会場に足を踏み入れると、ダブとレゲエのサウンドがズンズンと響いてくる。展示されるのは、ジャマイカ系イギリス人写真家でボブ・マーリーをはじめとするレゲエミュージシャンからセックス・ピストルズなどまでを撮影したセンセーショナルな写真でも知られるデニス・モリスの作品だ。1960〜70年代のイーストロンドンを舞台に、カリブ系移民たちの姿を追いかけた写真が集められた。展示タイトルは『Colored Black』With the support of agnès b.。自由や平等を求める意思を共有するために黒人たちがしていた握手が、やがては、アフリカ系も白人も関係なく融和の象徴となるはずだ。そんな思いが展示の核となっている。
KYOTOGRAPHIEインターナショナルポートフォリオレビューに参加し、「Ruinart Japan Award 2022」を受賞した山田学は、世界最古のシャンパーニュメゾンであるルイナールのアート・レジデンシー・プログラムに参加した。2022年秋に渡仏。収穫期のメゾンの一角をアトリエとして利用し、作品制作に集中した。鴨川の水面とシャンパーニュの泡を撮影した動画をオーバーラップさせたり、ブドウのイメージと京都から持参した金箔をひとつの画面で融合させたり、京都からシャンパーニュ地方のランスに向かったことで起こる新たな表現を念頭に置きながら。
---fadeinPager---
京都で滞在制作した作家たちが見たものとは?
祇園にある両足院を会場に展示を行っているのは、コートジボワールのアビジャンを拠点とするジョアナ・シュマリの個展『Alba'hian』。コートジボワールのアカン系民族が用いるアニ語で「1日の最初の光」「夜明けに差す太陽の光」を意味する言葉で、シュマリは毎朝5時から7時ぐらいまでを散歩に費やし、その際に蘇る幼少期の記憶や内面に生まれた心象風景をもとに制作した作品を展示している。ベースとなるのは、朝に撮影した風景写真。キャンバスに選んだ写真をプリントし、街で見た知らない人々をモチーフにその上にペインティングを手がけ、そこに刺繍を施すことでモチーフの人々が自分と近い存在になり、撮影した朝の景色と融合するような感覚を得るのだという。滞在した京都でも同じように朝の散歩を行い、アビジャンと京都を結びつけるような気持ちで作品を完成させた。
同じく滞在制作を行ったココ・カピタン。世界的に知られる古都であり、伝統や社会ルールも強い街でもある京都の10代の若者たちがどのように大人になっていくのかに興味を持ったという。昨年10月から12月までKYOTOGRAPHIEのアーティスト・イン・レジデンスで京都に滞在し、放課後の時間を見計らって鴨川の河原に通った。地元の学校に通う学生に声をかけて撮影を重ねた一方、ディレクターのルシール・レイボーズと仲西祐介らの紹介で、禅僧を志す学生や舞妓さん、さらには400年以上続く京釜師大西家の若き17代目となる清太郎さんの撮影も行った。クラフトを中心に世界各地で創作支援を行うロエベ財団が、湯釜工芸の未来への継承と次世代育成のための6年間にわたる大西家への活動支援が始まったところで、今回の展示に合わせて、清太郎さんのドキュメンタリー映像もあわせて制作された。
ココ・カピタンが作品につけたタイトルは、撮影に協力してくれるティーンたちにいつも抱いていた気持ちを込めて『Ookini(おおきに)』。子どもから大人へのぼんやりとした境界線上を生きるティーンの姿が、暗室でのプリントにこだわる写真家の手で記録された。自然光が印象的なASPHODELの空間と、大西家の拠点である大西清右衛門美術館、東福寺塔頭 光明院の静謐な畳の空間でそれぞれ披露されている。
---fadeinPager---
未来を見据えて
KYOTOGRAPHIEでは毎年、KG+と題された公募プログラムが実施されている。グランプリに選ばれた作家が翌年、個展の機会を得られるのだが、今年は松村和彦が『心の糸』を発表した。京都新聞の写真記者として2017年より認知症の取材を重ねてきた松村は、老いとは何か、死とどう向き合うのか、という問いを写真で提示する。築100年の町家に、1台のミシンから伸びる糸が張られ、家族のつながり、あるいは生命の現生とのつながりのようなものが写真とともに可視化される。
今年のKG+にも、興味深い作家たちが応募した。京都芸術センターと堀川御池ギャラリーに展示された10名の作家から、ジャイシング・ナゲシャワランがグランプリに選ばれた。それぞれの作品に表現された《Border=境界線》を読み取るのも興味深いはずだ。
春の京都の風物詩となったKYOTOGRAPHIE。ここまで各会場が場として力を持ち、展示作品と呼応するインスタレーションが集まる写真祭は、世界的に見ても稀だといえる。会期中に京都市内の各会場に足を運んでほしい。
KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2023
開催期間:2023年4月15日(土)~5月14日(日)
開催場所:京都市内各所
TEL:075-708-7108(KYOTOGRAPHIE事務局)
開館時間、休館日はプログラムにより異なる
パスポート料金:一般¥6,000、学生¥3,000ほか
※無料会場あり/一部会場は別途要入場料。詳細はホームページまで
https://www.kyotographie.jp/