「大人の名品図鑑」ブレザー編 #2
正統な味わいとスポーティさを兼ね備えたトラッドアイテムの代表がブレザーだ。英国に出自を持ち、やがてアメリカに渡り、アメリカントラッドを象徴としての地位を確立する。日本にはアイビーブームのころに紹介され、何度かの流行を経て、いま再び注目を浴びている。今回は、世界各国から集めたブレザーの名品をお届けする。
「大人の名品図鑑 ブレザー編」の第1回で、ブレザーの起源のひとつが英国で開かれた大学対抗のボートレースにあることを述べたが、もうひとつ、有名な説がある。
英国ファッションに詳しい林勝太郎が書いた『英国の流儀Ⅱ』(朝日文庫 1996年)にはこう書かれている。
「英国の専門誌『Fashion History』によれば、ブレザーの語源は『ブレザー』という軍艦の名前から由来したことになっている。名誉ある英国の軍艦ブレザー(Her Majesty’s Ship Blazer)の船員のユニフォームがブレザーだというわけである。——中略——ブレザーの生い立ちについては、さらに次のような話も伝えられている。乗務員がひどく見苦しい格好をしていたのに気がついたブレザー号の艦長が、ボタンをつけた濃紺の上着を着用するよう命令した。その結果、イギリス海軍の乗務員は制服的な着こなしをするようになり、数年後、この艦員服はちょっと型を変えてイギリス市民層にも受け入れられるようになった」
さらにこの連載に度々登場する英国のファッション評論家ポール・キアーズの著作『英國紳士はお洒落だ』(出石尚三訳 飛鳥新社 92年)には、「ブレザーの誕生は1837年、ヴィクトリア女王が英国軍艦、ブレイザー号を訪問した時に遡る。だらしない恰好の部下をなんとかスマートに見せようと考えた艦長はネイビー・ブルウのサージで上着をつくり、英国海軍の真鍮ボタンを彼らに着せたのだ。その上着はヴィクトリア女王のお褒めにあずかったので、急拵えのジャケットはたちまちユニフォームとなったのである」とある。
またキアーズは、ブレザー以前にも帆(リーフ)を巻き込む作業をする将校候補生(リーファー)が着用していた厚手の生地を使ったダブルブレストの制服があり、それが「リーファー・ジャケット」と呼ばれていて、ブレイザー号の艦長はそのジャケットをヒントにブレザーをデザインしたのではないかと推測する。
年号からすると、ブレザーの由来のひとつであるボートレースの年号よりもこちらの方が古いが、シングルのブレザーはボートレースで着用した揃いの上着、ダブルは戦艦ブレイザー号のための制服とみていいかもしれない。ドイツ出身のファッション評論家ベルンハルト・レッツエルも2001年発行の日本語版の著書『GENTLEMAN FASHION—紳士へのガイド』(クーネマン)で、「ダブルとシングルでは、それぞれ発祥が異なる」と記す。そして「ネイビーブルーのジャケットをいちばん初めに仕立てたのは、海軍御用達の老舗ギーヴス&ホークスだった」(表記は原文のママ)とブランド名まで挙げてブレザーの始まりを書いている。
ギーヴス&ホークスは高級注文紳士服店が軒を並べる英国・ロンドンのサヴィル・ロウ1番地に旗艦店を構える老舗中の老舗だ。1785年創業で海軍の軍服のテーラーだった「ギーヴス」が、軍用の帽子、後に陸軍の軍服のテーラーとなった「ホークス」を買収して、「ギーヴス&ホークス」が誕生した。
『英国王室号用達』(垣松郁生著 小学館 2001年)には「ギヴスはネルソン提督のユニフォームを作っており、海軍のテーラーとしては右に出る会社はなかった」(表記等は原文のママ)と書く。合併したのは1974年のことで、それまでは「ギーヴス」は海軍の制服を担当していたので、レッツエルが書くように、ブレザーのオリジナルとなったジャケットもこの老舗が担当していたのかもしれない。
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英国を代表するブランド、ギーヴス&ホークス
英国生まれのブレザーの代表として紹介するのが、このギーヴス&ホークスのダブルブレストモデル。6ボタンで英国らしい構築的に仕立てられたショルダーにサヴィル・ロウらしさが香る。もちろん裾は英国らしいサイドベンツの仕様。生地にハリがあるウール100%素材を採用しているところも英国らしい。英国の紳士たちは仕立て映えするこうした生地を使ってスーツやジャケットを長く着用するのが常だからだ。変化を感じるのはボタンだ。メタル製ではなく、茶系の水牛ホーンのボタンが使われているが、エレガントで、ブレザーの汎用性をさらに高めている。
ギーヴス&ホークスはチャールズ国王から英国王室御用達を授かっていることでもよく知られているが、チャールズ国王がいつも着用するのは同じダブルブレストのブレザーでも8ボタンのモデルだ。タイドアップする時でも、前を開けてカジュアルに着こなす時でもいつもこのモデルを着ている。また英国王室の男性の写真を集めてみると、チャールズ国王だけでなく、21年に亡くなられたフィリップ殿下や稀代のトレンドセッターのウィンザー公、故エリザベス女王の従兄弟で洒落者として知られていたケント侯爵なども同タイプのブレザーを着ている。
2010年に公開され、第83回アカデミー賞で作品賞など4部門を獲得した『英国王のスピーチ』で、イギリス国王ジョージ6世を演じたコリン・ファースも8ボタンのダブルのブレザーを着ているが、両袖口に金モールの飾りが入っている。こうなると完全に式典服に近い印象だ。8ボタンは英国王室の伝統のデザインなのか? 今度サヴィル・ロウ1番地を取材する機会があれば、ぜひとも尋ねてみたい。
ちなみに世界でいちばん有名な英国の諜報部員、ジェームズ・ボンドもダブルブレストのブレザーを愛用している。2代目のジョージ・レーゼンビーはシリーズ6作目の『女王陛下の007』(69年)で、3代目のロジャー・ムーアは『007 黄金銃を持つ男』(74年)で、5代目のピアーズ・ブロスナンは『トゥモロー・ネバー・ダイ』(97年)でブレザースタイルを披露しているが、全員ダブルブレストモデルを選んでいる。王室においても、諜報活動においても、英国紳士にダブルのブレザーは欠かせないということなのだろう。ジェントルマンスタイルを目指すならば、まずはダブルブレストのブレザーを手にいれるべきだ。
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問い合わせ先/ヴァルカナイズ・ロンドン TEL:03-5464-5255